うは申しますものの、次の瞬間には、
(いや、確かに……)
 と、こう思いまして、さて、われと自分の頭を、大きく振り、
(思うまい、思うまい、早く忘れてしまいましょう)
 と、独白《ひとりごと》していたのでございます。

 昔から、よく、一度あることは二度あるとか申しますが、私の場合では、一度ならず、二度三度と、思いもかけぬ出来ごとがつづいていたのでございました。
 この第二の出来ごとと申しますのは、お部屋をお掃除いたしておりますとき、片隅から、小さな石のはいった指差が出て来たことでございました。いつの頃から、そうしたところに、ころがり込んでいましたものやら、見ると、私のものではございません。もしかすると、お母さんがもっていられるものでもあろう、と、かように考えまして、おたずねいたしましたが、そうでもございません。
「お子供衆のうちの、どなたかが落されたのではないのかい」
 お母さんは、こんなにも申されましたが、そのお部屋は、私の居間でございますので、そうしたところまで、お弟子さんがはいって来られる筈もございません。それに、見た目にも、お子供衆のお持ちになるものでもございません。私は不思議なことがあるもの、とは考えましたものの、まさか、家の中にあったものを、警察へおとどけするのも、どうかと存じましたし、それに、あれほども高価なものとはゆめにも考えませんでしたので、箪笥《たんす》の小引出しに、入れたまま、忘れるともなく、忘れていたのでございました。

 こうした出来ごとがございましてから、二、三日も過ぎた頃でございましたか、何も、これほどのことを、出来ごとなぞと申すのも変でございますが、新しい、お弟子いりがあったのでございます。これが、いつもの様に、お子供衆でございましたら、別に、変わったことではないのでございますが、何分にも、相手がお年をめされた方それも、大家の御隠居さまとも、お見うけするような御仁《ごじん》でございましたので、私たちにいたしますれば、正《まさ》しく、一つの事件には相違なかったのでございます。

 それは、二、三日もの間、降りつづいた、梅雨《つゆ》のように、うっとうしい雨が、からりと晴れて、身も心も晴々とするような午後のことでございました。お稽古も、一と通りすみまして、ほっと、大きな息をしたところでございました。
「ごめんくださいませ」
 と、いう丁重
前へ 次へ
全14ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
酒井 嘉七 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング