す。それに、今までにも、頭痛を押して、お稽古をしている時なぞでございますと、お弟子さんと、お弟子さんの合間なぞ、よく、そんな風に、お稽古台に、俯伏さっていたものでございます。そうした時には、私は、なるべく、言葉をかけぬ様にいたしておりましたし、言葉をかけましても、返事がなければ、そのままに済ませる様にしていたのでございます。あの娘は、よい娘で、私には、とても、よく尽して呉れましたが、時として、返事もしない事がございました。しかし、一日中、お弟子さん方の、気嫌きづまを取っていますのも、随分と気も心も疲れること、と娘の気持ちを汲んでやる様なつもりで、そうした時にも、何の小言も云わぬ様にしていたのでございます」

「……部屋の様子に、何か、変ったことはなかったか、と仰有るのでございますか。別に何も、変った事とてはございませんでした。表の、格子戸は、大掃除の時に、外すきりでございますから、決して、人の出入なぞ出来る筈はございません。裏の方は、ガラス戸がはまっておりまして外は物干台になっているのでございますが、鍵は何時もかかっております。……では、誰が殺したと考えるか、と仰有るのでございますか。
前へ 次へ
全28ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
酒井 嘉七 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング