ばれる。

        六

 ――ここまで、お話し申しますと、私が前に、勧進帳の文句にある、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官おん手を取り給い
 が、どうも、おかしい、と申しましたのも、故あることとお考えになると存じます。主人の義経が、弁慶の手を取られるのでございますから、おん手[#「おん手」に傍点]では、勿論のこと、変でございましょう。こうした誤謬《ごびゅう》も、長唄が家庭音楽として発達して参りましてからは、前述の様な個所と共に、改められまして、一と頃は、古い文句と、新しいのとが唄本に並べて記されていたものでございます。つまり菖蒲《あやめ》浴衣《ゆかた》の三下《さんさが》り、
 ※[#歌記号、1−3−28]青|簾《すだれ》川風肌にしみじみと汗に濡れたる[#ここから割り注]枕がみ[#改行]袖たもと[#ここで割り注終わり] 合|鬢《びん》のほつれを簪《かんざし》のとどかぬ[#ここから割り注]愚痴も惚れた同士命と腕に堀きりの櫛も洗い髪幾度と風に吹けりし[#ここで割り注終わり]水に色ある 合花あやめ
 の様でございます。つまり、向って右側には古い文句、左には新しいもの、といった風に塩梅されていたのでございます。前述の勧進帳も、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官おん手を取り給い
 が、判官その手[#「その手」に傍点]を、に改められていたのでございます。
 しかし、間違っているにしろ、「美しく唄ってある文句」でございますから、昔から唄いなれたものには、やはり、それだけにいいところがあるのでも御座いましょうか、かように改められましても、改作された文句をお稽古される師匠がたは、ほんの一部の方のみでございました。私たちの師匠にしましても、前の菖蒲浴衣でございますと、
 ※[#歌記号、1−3−28]……汗に濡れたる枕がみ……とどかぬ愚痴も惚れた同士命と腕に堀きりの
 と古い文句をお稽古されていましたし、勧進帳の場合でございましても、
 ※[#歌記号、1−3−28]判官おん手[#「おん手」に傍点]を取り給い
 と、唄っていられたのでございます。ところが、光子さんはあの日、お稽古の最中に、ここのところが、どうも、工合が悪く、二度も三度も唄いなおしていられたのでございます。そして、四度目に、やっと、お師匠のお許しが出て、次に進まれたのでございますが、最後には、
 ※[#歌記号、1
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