親とむすめは、わかれて大広間にはいると、こんども、こうこうとあかりがともっていて、テーブルには、ちゃんと二人前のごちそうが、よういしてありました。食事がすむと、たちまち、すさまじい物音をさせて、怪獣がへやにあらわれました。むすめが、ふるえ上がって、つっぷしていますと、怪獣はそばにやってきて、
「ここへ来たのは、自分からすすんで来たのか。」とたずねました。むすめは、消えそうな声で、「はい。」とこたえました。
「それはどうもありがとう。」と、怪獣は、うなるようにいいました。それから、父親にむかって、
「さあ、それで、お前さんには、あしたの朝すぐかえってもらおう。もうそれなり、ここへはこないでもらいたい。では、ラ・ベル、こんやはお休み。」
「お休みなさい、ラ・ベート。」と、むすめはいいました。ラ・ベートというのは、野のけものです。けものさんという代りに、このお話のなかでは、ラ・ベートとよんでおきましょう。
 そのあとで、商人は、もういちど、むすめにたのんで、自分だけのこして、このままかえってもらおうとおもって、ひと晩じゅうかきくどきました。けれど、父親に代ろうというむすめのけっしんは、びくともしませんでした。父親も、ついあきらめて、「怪獣だって、つまりふびんにおもって、ラ・ベルになにもあぶないことはしないだろう。」と、おもうようになりました。
 父親がしょんぼりかえって行ったあと、ラ・ベルも、さすがに目《ま》ぶたがおもたくなりましたが、むりに涙をはらいのけて、御殿の中じゅうあるきまわってみました。するうち、ふと、一枚のとびらに、「ラ・ベルのへや」と、かいてあるのをみつけておどろきました。あわててあけてみますと、中は小ぎれいにお飾《かざ》りのできたへやで、本棚《ほんだな》があって、ハープシコードがおいてあって音楽がたのしくきこえていました。
(まあ、どうしたというのでしょう。どうせ、きょう一日でいのちをとられるにきまっているわたしのために、こんなりっぱなおへやのしたくが、どうしてしてあるのでしょうね。)
 こうおもいながら、ためしに、一冊の本をあけてみますと、金の文字で、
[#ここから2字下げ]
「あなたがのぞんだり、いいつけたりすれば、すぐそのとおりになります。
あなたは、この御殿では、すべての上に立つ女王です。」
[#ここで字下げ終わり]
と、かいてありました。
(まあ、わたしののぞみといったら、おとうさまが、いまどうしていらっしゃるか、知ることですわ。)
 ラ・ベルがこう心におもいながら、ふと、そこの姿見《すがたみ》をのぞいたとき、ちょうど、父親のうちへかえったところが、そこに、うつりました。姉たちが、出むかえに出て来ました。かなしそうな顔はしながら、ほんとうは、妹の居なくなったのを、よろこんでいるのがわかりました。まぼろしは、一しゅんで消えました。ラ・ベルは、自分ののぞみを怪獣がかなえてくれたことを、ありがたいとおもいました。
 おひるになると、ちゃんと、テーブルに、おひるの食事がならびました。食事のあいだ、うつくしい音楽が、ずっときこえていました。でも、きこえるだけで、たれも出てくるものはありません。夜《よる》になったとき、怪獣は出てきて、いっしょに夕食をしようといい出しました。ラ・ベルは、あたまのてっぺんから、足の爪《つま》さきまで、ぶるぶるふるわせながら、それでもいやということはできません。それを、怪獣がみて、自分をずいぶんみにくいとはおもわないかといって、たずねました。
「はい、おっしゃるとおりです。」と、むすめはこたえました。「だって、わたくし、心にもないことは申せませんもの。でも、とてもいい方だとおもっております。」
 そんなことで、だんだんうちとけて、たのしく食事がすみました。すると、とつぜん、怪獣が
「ラ・ベルちゃん、あなた、わたしのおよめになってくれますか。」と、いいだしたので、むすめは、びっくりしてしまいました。びっくりしながら、それでも一生けんめい、
「わたし、いやでございます。」とこたえました。
 怪獣は、うちじゅうふるえるほど、大きなためいきをつきました。そして、かなしそうな声で、
「お休み、ラ・ベル。」といいのこして、へやを出て行きました。むすめは、ほっとしながら、やはり、人のいい心から、きのどくにおもっていました。
 こんなふうで三月ほど立ちました。怪獣はまいばんやって来て、いっしょに夕食をたべました。するうち、むすめは、だんだん怪獣のみにくい姿かたちに馴《な》れてきて、それよりかよけい、そのやさしい、よい心を、このましくおもうようになりました。ただ、あいかわらず、およめにならないかといいつづけるのが、きのどくで、苦しくなりました。それで、あるとき、もうおよめになることはやめて、いつもお友だちでい
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ド・ヴィルヌーヴ ガブリエル=シュザンヌ・バルボ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング