、たれも出てくるものも、声をかけるものもありません。そのくせ、炉《ろ》の火はかんかんもえていて、テーブルには、ちゃんと一人前のごちそうと、お酒のしたくがしてありました。
 商人は、なにしろ肌《はだ》の下まで雪がしみとおっていたので、かまわず炉《ろ》の火でからだをかわかしながら、ひとり言《ごと》のようにいいました。
「ごめん下さい。いずれ出ておいでになることとおもいますが、このおうちのご主人さまなり、お召使の方なり、どうか火にあたらせていただきます。」
 こういって、しばらく待っていましたが、たれも出てくるものがありません。時計《とけい》は、十一時をうちました。するうち、おなかがへって、気がとおくなりそうなので、テーブルにあった若鶏《わかどり》をひときれ、おっかなびっくらたべました。ぶとう酒も四五杯のみました。これでおなかができると、げんきも出てきて、ゆっくりそこらを見まわしました。やがて、十二時をうったとき、商人は、あいている戸から広間をぬけて出て、いくつもいくつもすばらしいへやを通って、さいごに、ねごこちよさそうなベッドのおいてあるへやに来ました。それをみると、もうとてもくたびれきっているので、きものをぬぐなり、ごそごそとはいこみました。
 あくる朝十時をうつまで、商人は目をさましませんでしたが、目をあいてみて、おどろいたことに、きのうまできていたぼろぎものが、さっぱりと新しいものにかわっていました。これで、たれか心のいい妖女が、この御殿のあるじなのだとおもって、窓からそとをふとのぞきますと、ゆうべの雪がきれいになくなって、花でおおわれたあずまやのある、きれいな花園になっているので、いよいよそれにそういないとおもいました。さて、もういちど、ゆうべ食事をした大広間《おおひろま》へもどってきてみますと、もうちゃんとテーブルに、朝食のしたくがしてありました。こんどはえんりょなく食事をすませると、馬はどうしたかとおもってみに行きました。すると、とちゅう、ばらの花|棚《だな》の下を通ったので、ふと、末むすめのラ・ベルにたのまれたことをおもいだして、おみやげにひと枝、ばらを折りました。とたんに、ううという、ものすごいうなりごえがしました。そして、みるからおそろしい一ぴきの怪獣《かいじゅう》が、あらわれるなり、せなかを立ててむかってきたので、商人はおびえ上がって、気がとおくなり
前へ 次へ
全11ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ド・ヴィルヌーヴ ガブリエル=シュザンヌ・バルボ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング