だと思った客は意外にも女であった。緑なす黒髪に灰色の毛の二|条《すじ》三|条《すじ》交《まじ》ってはおれど、まだ若々しい婦人、身の廻りは質素だけれども、脊《せい》は高く、嫋々《なよなよ》した花の姿、いかにも長い間の哀愁を語っている様に思われる。
『ハテナ。あのお女はどこかで見た様な気がするが……?あの顔容《かおだち》、あの眼ざし、あの表情は確かに見覚があるが、ハテどこだったろう?』とルパンは考えた。
女は卓子《テーブル》の前に突立ったまま、身動きもせずドーブレクの喋るのを聞いていた。彼もまた突立ったまま大いに興奮して何事か熱心に談じている様子だ。代議士はルパンの方に脊を向けてはいたが、壁の鏡に映った顔を見ると、その眼は異様に輝き蛮的な野獣的な欲望に燃えていた。
女はその不快な視線を避けるために顔をうなだれ眼を伏せていた。ドーブレクは女の方へジリジリと進み、まさにその太く逞しい腕で女を抱きしめようとしていると、突如、ルパンは大粒の涙が彼女の悲しげな頬を伝わってハラハラと流れたのを認めた。
ドーブレクはこの涙に唆《そそ》られたものか、乱暴にもその両腕で女をグイと捕《つかま》えて自分の
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