鳴った。
『そんなはずはありません?』
アシルはそう云ってその附近を引掻き廻すように捜したけれども、影も形もない。
『チェッ、畜生ッ……畜生ッ……あいつだ……あいつが盗んだんだ……手紙を盗んで逃出しやあがったんだ……太え女《あま》め……』
『お前は手紙を見たか? 宛名は何と書いてあったか、覚えておるか?』とルパンは何かしら不安らしく云った。
『少し変な書き方でしたから覚えています。「ボーモン・ミシェル様」とありました』
『何ッ。きっとか? ミシェルが、ボーモンの後に書いてあったかッ?』
『確かにそうでした』
『ああ……』とルパンは喉を絞め上げられる様な声を出して『ああ、ジルベールからの手紙だ!』
とばかり彼は不動不揺、やや蒼白になった顔には苦悶の浪が打ち出した。疑いもなくそれはジルベールからの手紙であったのだ。数年来彼は一見してジルベールからの手紙である事を知る必要から、時分の宛名に姓名の置換《おきかえ》をさせていたのだ。冷酷な鉄窓裡《てっそうり》に呻吟し、長い間の苦心惨憺! 厳重な獄裡の隙を覗《うかが》いつつ一字一句におそれと悲しみを籠めて書いた手紙、待ちに待った獄吏の通信! 何
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