はあっ! と叫びながら恐怖の悲鳴を上げて打倒《うちたお》れた。

[#8字下げ][#中見出し]※[#始め二重括弧、1−2−54]五※[#終わり二重括弧、1−2−55]死の連判[#中見出し終わり]

 子供は床《とこ》の中に静《しずか》に睡《ねむ》っている。母はルパンの手で長椅子の上に横に寝かされて身動きもしない。しかし段々と呼吸《いき》も穏かになり、血の気もその頬に潮《さ》して来て、ようやく回復の徴候が現れた。
 ふと見ると彼女の胸に小さなメタルが垂《さ》がっている。何心なく手に取り上げて裏返して見ると、四十歳前後の立派な紳士と、中学校の制服を着、房々《ふさふさ》した髪の毛をした紅顔の美少年との写真があった。ルパンはそれを見ると、
『思った通りだった……ああ、可憐想《かわいそう》な婦人だ』と一人で呟いた。
 その内に彼女は全く意識を回復した。しかし依然として堅く口を噤んでいるので、ルパンは必要な質問をし始めた。そして写真の入れてあるメタルを指して、
『この中学生はジルベールでしょうね?』
『ええ』
『してジルベールはあなたの子供ですね[#「ですね」は底本では「すでね」]?』
『ええ、ジルベールは私の子です、長男でございます』
 果然、この婦人はジルベールの母親であった。サンテ監獄に囚われ、殺人犯の名の下《もと》に検事の峻酷《しゅんこく》な取調べを受けつつあるジルベールの母親であったのだ!ルパンはなおつづけた。
『そして、この紳士は?』
『私の亡くなった夫でございます』
『あんたの配偶者《おつれあい》?』
『ハイ。亡くなりましてから、もう三年になります』
 彼女は再び椅子に身を伏せた。想い出す悲しき生涯、生くるも怖ろしきこの身の、すべての不幸がことごとく我身に迫る脅迫と見ゆる過去の生涯を想い出したのであろう。
『配偶者《おつれあい》の御名前は?』
 彼女はちょっと躊躇したが、
『メルジイと申します』
『エッ。あの代議士のビクトリアン・メルジイ?』
『ハイ、さようでございます』
 両人《ふたり》の間に長い沈黙が続いた。ルパンはあの事件、あの死が喚起した世論を忘るる事が出来なかった。今から三年前、下院の廊下において、メルジイ代議士は、何等の遺言もなく、かつまた何等の説明と認められるべきものをも残さず、突然疑問の短銃《ピストル》自殺をしてしまった。
『あの自殺の理由……』と
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