ばかりすると二人の居る席の戸を叩くものがある。劇場の案内人だ。
『代議士のドーブレクさんと仰《おっしゃ》いますね?』
『ウム』とドーブレクは驚いて声を出した。『どうして俺の名が解ったか?』
『ただ今御電話がございました、二十二号の桝に居らっしゃるから呼んでくれと仰いました』
『だれからだ!』
『アルビュフェクス侯爵様でございます。……いかが致しましょう?』
『フーン?……いや行こう! 行こう……』
とドーブレクはあわてて席を起《た》って出て行った。
ドーブレクの姿が消えると入れ代りにルパンはスーと音もなく入って来て婦人のそばに腰をおろした。
『あッ! ……アルセーヌ・ルパン』と女は呟いた。
ルパンもまた面喰《めんく》らって呆然たる事しばし、この女はルパンを知っている! 知っているのみならず、得意の変装まで看破してしまったのだ!
『さては知ってるか?……知ってるか?……』と呟きつつ彼は突如、女の顔を覆っているヴェールをパッと取り除いた。
『オヤッ!これは意外!』全く驚いた。彼は吃《ども》る様に云った。この女こそ、かつてドーブレクの邸で、深夜代議士に向って利刄を振りかざし嫌悪の力を繊弱《かよわ》き腕に籠めて一撃を加えんとしたあの女であった。しかし婦人の方でも少からず驚いたらしく、
『エッ!あなたはわたしを見覚えて居らっしゃるの?……』
『さよう、先夜、あの邸で短剱を振りまわした委細を見ています……』
彼女は早くも逃げ出そうとした。が彼は手早くその手を引き止めて、
『あなたは一体|何《な》んです、ぜひそれを伺わねばなりません……だからドーブレクを電話で呼び出したのです』
『では、あの電話はアルビュフェクス侯爵では無いのですか、ではすぐ戻って来ます……』
『それまでに暇がある……まあ聞きなさい……ぜひ今一度あなたに会わなければならない……きゃつはあなたの仇です、ですから私があなたをきゃつの手から救ってあげます……』
『私を信用なさい……あなたの利益は、私の利益ですぞ……。どこで会いましょうか? 明日《みょうにち》? え?――時間は?……場所は……?』
彼女は不安と疑惑の眼でルパンの顔を見詰めつつ躊躇《ためら》っていたが、やがて、明晰な口調で答えた。
『わたしの名は……申上げられません……まあとにかく一度御会いして御話を承りましょう……そう、御会い致しましょう……で
前へ
次へ
全69ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新青年編輯局 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング