かなあ。』
『フフン。これですか。どうも仕方が無いでしょうなあ、こんな物は……』
 ニコル氏はフト思い出した様に、
『閣下、ナポレオン一世の在位の頃に地位名望を得てその没後振わなくなった、ある貴族の子孫に当るものはございませんでしょうか。――ナポレオン党の領袖でしたでしょうが……これはその人のではなかろうかと存じます。と申しますのはこの破片にはどうやらナポレオンの半面像がありますからなあ……と申上げれば名前を申上げずとも御解りでしょうが……』
『アルブュフェクス侯爵……』とプラスビイユが呟いた。
『そうです、アルブュフェクス侯爵です……』
 彼――ニコルは官房主事に向い至急にアルブュフェクス侯爵に関する詳細な調査を依頼すると同時に、彼自身侯爵の行動を一々探偵した。
 苦心に苦心を重ね、十数日を費やした結果、――ニコルすなわちルパンは侯爵がたびたびアミアンとモントピエールの間に量に出掛ける事を知った。そう云えばその附近にかつては侯爵の居城で、今は廃墟となっている通称モンモールの古城と云うのがあった。彼はこれに目を付けた。
『ドーブレクの幽閉されているのはそこだ』とルパンは叫んだ。
 古城の麓を廻る急流。しかも両岸は突兀《とっこつ》たる大懸崖。城の入口には鉄の桟橋がかかって、一夫関を守れば万夫を越えがたき要害険阻の古城である。森林と千丈の断崖と矢の如き渓流とに抱かれた深秘の古城を仰ぎ見てさすがのルパンも吐息を吐いた。
 彼は古城に忍び込むべき附近の地理を案じたが、それは徒労に帰した。しかし彼は附近の人の口から伝説を聞いた。その昔、恋に狂う美しい姫をこの古城に幽閉した時、同じ恋の若者が、急流の岸壁より梯子を渡し一条の縄を頼りに千丈の断崖を攀じて遂に姫を救出したが、あわれ恋の二人は断崖に足を辷らして急流に陥ち、ついに果敢ない最期を遂げた以来、村人はこの古城の塔を「恋の塔」と呼んでいると。
『占めたッ』とルパンは膝を打った。『よしッ、一か八か、俺もドーブレクの恋の相手に、あの断崖を登ってやろう』
 その夜、グロニャールやルバリュが諫止するのも肯かず、五丈の梯子と二十丈の縄を命に、九死の大冒険をあえてして、古城へ忍び込んだ。果然ドーブレクは古塔の一室に惨い拷問の憂き目を見ていた。傍に立つのはアルブュフェクス侯爵にその部下二名。棍棒を振って、ドーブレクに連判状の所在を詰問していた
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