院議長が主祭者でありましたが、其發起人は廣東人で長く米國にあつて、コロムビヤ大學を卒業した陳煥章といふ人でありましたが、朝野の名士が皆之に贊成して出席者も非常に多かつたのであります。
斯う云ふ工合に人心動搖を始めました際に儒教を盛んにしようと云ふ考は無理からぬことゝ思ひますが、今申し上げた通り共和制と儒教との調和如何と云ふことであります。言ひ換へて見ると云ふと、儒教で以て此頃支那人の民主思想を説明することが出來るかと云ふ問題に歸するのでありますが、儒教では御承知の通り五倫と云ふことを説いて居ります。五倫の中でも君臣と云ふものは大變重んぜられて居る。孔子が春秋を作つたのは所謂尊王の大義を發揮したと云ふことになつて居ります。何うしても如何に考へましても孔子は君主政體と云ふものを理想として居られたやうに思はれるのであります。孔子の教を尊重しようとすれば現今の政體或は民主思想に對して反對し、又た共和の趣意を發揮するには儒教を排斥しなければならぬのでありますが、此の儒教と申しましても漢學とか或は宋學とか、宋學の中でも朱子とか陽明とか色々の派があるのでありますが、此の復古論を盛んに言うて居る人達の中では儒教の中に公羊學派に屬する人、即ち公羊學を信奉する人があります。此の公羊學と云ふ立場からして儒教を説明し、さうして前に在りました儒教と現在思想との調和を圖らうと思つて居るのであります。此頃新聞でもお氣付きになつて居らうと思ひますが、政府及び議會に對しまして此の儒教を以て國教とすると云ふことを憲法の中に明記したいと云ふ請願をした連中があります。此の連中は前に申しました此の儒教復興と云ふことを唱道して居る所の其の連中であります。然らば此の公羊學と云ふものは一體何う云ふことを教へるものであるか、何う云ふ説を持つて居るかと云ふことを一寸お話して見ようと思ひます。
一體此の儒教と孔子との關係に就て從來二つの觀方があるのであります。一つは孔子を作者として、夫からもう一つは孔子を述者とする、此の二つであります。其事は後で申し上げますが何方の觀方に致しましても、此の經書の中で春秋に就ては孔子が書かれたものとなつて居ります。一方の作者としての側から申しますと無論孔子が春秋の全體を書いたとしてある。また述者とする論者の方から見ても孔子が此の春秋に筆を入れて或部分を削られたものと見るので、孔子の教義と云ふものは最も能く春秋に顯はれて居ると謂はなければならぬ。それで孔子も「我志は春秋にあり」と唱へて居ります。孔子の理想と云ふものは春秋の中に含まれて居ると云ふことであります。孔子が春秋を作つて之を門人に授けられまた、門人達がこれを後世に傳へたと云ふことになつて居ります。さうして其中に三つの派があります。一つは左丘明と云ふ者の傳へたもので之を左氏傳と申します。夫から一つは公羊高と云ふものが傳へて居ります。夫からもう一つは穀梁赤の一家で以て傳へて居るものがあります。之を三傳と申すのであります。是はお聽難いか知れませんが、先きの事を申すのには一寸申して置かなければなりません。ところで此の公羊と穀梁と云ふものは漢の時分で前漢の時代には大變に盛んであつて、詰り政府から其の學問を認めて學校の教科書にされた。學校の教科書にすれば其の學問を傳へるところの所謂博士官と云ふものを置きまして其の學問を教授させたものであります。ところが左傳と云ふものは今でも漢學をやつた者は讀むものでありますが、當時は學官に立てられず、唯だ極く少數な人が讀んで居つた。前漢時代には出なかつたのであります。ところが前漢の末になつて王莽と云ふ惡い奴が居りますが、王莽の信用を得た劉※[#「音+欠」、第3水準1−86−32]と云ふ學者が左傳を主唱して其の爲めに前漢の末後漢の世から此の學問が盛んになつた。後漢以來は此の左傳の學問が盛んになつて唐の時代になりますと公羊穀梁をやる者は殆んど無くなつて誰でも春秋と左氏傳とはくツ附き物のやうになつて居つて、何でも此の漢學が日本に這入りましたのも矢張り支那の眞似をしたものでありまして、日本の王朝時代に矢張り左傳と云ふものが流行つて居つた。尤も公羊學と云ふものもやつて居つた人も居つたやうであります。例へば重盛が清盛を諫めた言葉の「家事を以て王事を辭せず」と云ふやうな言葉はあれは公羊傳に有名な言葉であります。夫から惡左府頼長の日記を見ますとあの人は大變勉強家でありますが、あの人の日記を見ますと其の公羊傳を讀んだと云ふことが書いてあります。けれども日本でも支那と同じやうに左傳が流行つて來たのであります。
ところで此の公羊は支那の唐の時には殆んど絶えて居たのでありますが、清朝に至り元明の學問の反動と致しまして漢學をやつた。漢の人の學問を復興して漢の人の註や何かに依つて孔子の説を欽慕
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
狩野 直喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング