云ふ内亂が起つて居るか一寸解らん、新聞紙で御承知の通り南方では初め浙江軍が優勢と見えると程なく日本に大將が逃げて來る、北方で張作霖と呉佩孚とが戰つて居つたが何時の間にか馮玉祥が寢還へりをうち、呉佩孚が又頽勢を挽囘せむとし、或は成功するか分らぬと云ふ事が新聞に出てゐる。一體何の事だか解らん。併し斯う云ふ事は支那の歴史を見ると隨分昔から例のある事であります。初に或人物が舞臺に出て力強く向ふ處敵なく天下を一統するだらうと見てゐると、何時の間にか失脚して又新しい人物が擡頭して來る。夫れが又失脚する。トヾのつまりは思ひ掛けない人物が天下を一統すると云ふ例は支那二千餘年の歴史を見れば澤山ある、又た若し此戰爭に就ても、それが我國であり又は西洋諸國であつたと假定すれば國民全體が其事件に沒頭する。學問とか商業とか云ふものは一時中止するのである。然るに支那は必ずしもさうではない。戰爭をするものは少數の政治家、軍人が政治上に野心を持つて其の野心を充す爲めにやるもので、全體の國民とは關係がありません。實はどちらが勝つても負けても無關心の状態であります。學問をするものは無關心に學問し、商業する者は無關心に商業をする。勿論國内が安定を闕く間は學術とか商業とか云ふ樣な平和の事業が妨げられる事は云ふまでもないが、其爲めに他國に於て此場合妨害せらるゝ程甚敷はない。之は今日とてもさうであるだらうと想像するが、革命以來支那は常に不安定な状態を持つて居たけれども、矢張り學問もする、商業もやつて居る。私は商賣の方面に付極めて暗い人間でありますが、近年上海に於て出版業が盛んな事を見ても解る。豫約出版で一部千圓に近い本がある、それが出版者の損害とならず寧ろ利益となる事を考へて如何に支那に學問をする人が多いか、又同時に國内が不安定といひながら其文化が他國でかゝる場合に妨げらるゝやうにならないと云ふ事が解る。若し我國で内亂が一年もあつたと假定すれば中々そんな事が出來ないと思ふ。支那の歴史を見るとかゝる例は澤山あるが、其一例は昔南北朝といつて二百七十餘年間南北兩つに分れて居つた時代がありまして、南と北と相爭ふのみならず南だけに於ても内亂が行はれた、東晉、宋、齊、梁、陳と云ふ風に猫の眼を返へす如く朝廷が改まつて居る、之が若し我國であるなら文化が全く止り、我が元龜天正時代の樣に全く暗黒の時代となつた譯でありますが、其南北相爭つてゐる時代に於て、殊に南方に於て學問藝術其他のものが非常に發達して、それが唐の時代に立派な實を結んだのであります。支那の歴史に於て唐ほど文化の燦爛たるものを見た事はない。我國にも非常な影響を與へて居るが、それは南北相爭つて居つた其時代から培養せられた産物であります、決して唐に至つて俄かに出來たものではありません。つまり支那に於て戰爭があつても國民は皆之に沒頭する譯ではない。勿論太平の時代の樣な事はないかしらんが、矢張り學問は學問、商業は商業、工業は工業として進歩して、かう云ふ歴史を以つて居るから日本及び外國人の考へる樣に國家の統一と云ふ樣な事にはさほど熱心ではない、我國の新聞で支那の統一を云つて居るが之は日本人や歐米人が心配する事で、支那人自身がそれほど心配して居るかどうか解らん。而て支那に於ては時期を辨へず無理に武力などを以て統一をしようと思つて出て來る人物があると、却て人民の恨みを招き失敗した例が澤山ある。斯う云ふ事は西洋人にも理解が出來ず、我日本人にも理解出來ない事であります。一體支那の國民性はどうだとよく人は申します。西洋人の書いた本などを見ると一概に支那國民は保守的である、支那文明は保守的だと云ふが、果して支那人は保守的の國民だか斷言は出來ない。或一面には日本人よりも突飛な極端より極端にゆく傾向がある。今日の支那人の政體又は其思想を見ればあれが進歩だか退歩かしらんが、兎も角突飛なやり方である。あの儒教が長い間培つた支那でありながら、近頃になると孔孟を罵倒したり非孝説などいふものを公然唱導して一切の舊道徳を根底から覆さうとしてゐる者すらあります。
又一概に支那人は人を欺ます、ずるいと云ふ事は西洋人の書いた本にも澤山あるが、一概に支那國民性はさう云ふ者であると斷定する事はそれは出來ないと思ふ。個人としては非常に律儀な義理堅い點も發見するのである。さういふ風で中々支那の事となつたら一言でかうと言ひ得ない。先日もある支那の學者で非常に保守的な傾向を持つた辜鴻銘と云ふ人が我國に來たので私も京都大學で遇ひました。其人の話に自分は久しく西洋に留學して十三から外國ばかりに九年居つた、頭が西洋人の樣な頭になつて支那に歸り其頭を以つて支那本國を見た處が初めは何にも解らなかつた。其處で自分の思ふには支那人として、假令《タトヒ》西洋に行つて西洋の學問が出來ても支那の仕事を
前へ
次へ
全8ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
狩野 直喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング