は學校とは云ふが一つの研究所であります、學生は一人もありません、日本部支那部安南部と分れて專門の學者があつて宗教、文學、言語、歴史、美術と云ふ風に支那日本の事を研究して居る、私は支那部教授も日本部教授も皆知つて居るが日本部教授は二三年前亡くなりましたが、其日本通は實に驚くべきもので吾々よりもモツト文法的に正しい言葉を使つてゐました。能樂に興味を持つて居つて謠《ウタヒ》の間拍子まで良く心得てゐる程の人であつた。かゝる具合であるから佛國人は自ら誇つて西洋に於ける支那學は佛國が本家であると云ふやうな事を本に書いてある、あながち國自慢の言葉ではないかと思ひます。そこで之を我國に於て照らして考へて見ると、我國が從來如何に支那文明に負ふ處の大であつたかは今更申すまでもない事であります、過去に於て我日本の歴史文學美術工藝凡て何事も支那の影響を受けないものはない、支那の文明を知らずして我國過去の文明を理解する事の出來ないと云ふ事は申すまでもない。此點より見れば我國に於て支那文化の智識的、學術的研究が必要である事は言を待たない。然るに殘念な事には我國一般の人士は西洋の智識を得ることに計りに汲々として支那文化の研究は必要でない、學者の閑事業位に考へて居るから、日本人でありながら日本過去の文化も從つて分らない事となる。
以上は純粹な學術的の立場から支那を研究する事のお話でありますが、第二段に於て政治上、貿易上、總べて實際の利害關係より支那を攻究すると云ふ立場、其國々は何處かと云ふと、英、獨、露であります。最も御斷りをして置くが私は十年以前の事を話してゐるのであります、米國へ私は參りませんが米國と支那の關係は深くなつて來たが、支那學研究といふ點からいへば歐洲諸國に及びません。尤米國にも只今二三名の支那學者が居て立派な研究の結果を出しては居るものゝそれは主として獨人、或は獨逸系の人であります、米國では餘り金儲が忙しいから支那の學問までする餘裕がないのであるか分りません。然るに英國はさうでない、支那學は昔から闢けて居てモリソン、スタウントンなどの學者も出た。一體英國と云ふ所は第一外國を非常に輕蔑する、自分が一番優秀な國民だと云ふ自惚れを持つて居るから、外國殊に東洋の事などを研究するに、其國人の頭になつて考へる事をしない。何時でも己が偉い、支那文化は一段劣つたものとの先入の見があり、又一種の色眼鏡をかけて判斷する。又英國人が支那に對する興味は貿易であるから、支那の研究でも或る必要といふ事から出發する、學究的に實用を主とせずして遣る傾向は少ない。而して其研究をするものは外交官とか、領事とか商人とかで、職務の傍ら色々の事を只物好きにやる所謂素人が多い。かゝるものが年を取るに隨つて大學の教授になる、或はそれが英國人の長所かしらんが又短所であります、支那の事に付て書いた本を讀んでも素人に解るやうに書いてある、極めて大きい問題をつかまへて概念を與へるやうに書いてある、一部刻みに細かく事實を考證するといふ風が乏しい。夫れから獨逸であります、獨逸は御承知の通り各般の學問の極めて盛んな國でありますが、其國と支那との關係が英佛の如く古くないから、或特殊の事柄を除き、支那文化の研究に就いて申さば將來はいざ知らず過去に於ては兎に角餘り進んではゐない。先年伯林大學の正教授で支那學を擔任したデホロートと云ふ人がありました。元來此人は和蘭人で獨逸人ではありません。元來ライデンの教授であつたのを獨逸皇帝が和蘭に懸合ひ無理に伯林へ引張つて來たのであります、私は先年伯林で此人を教室に訪ね、又客にも招かれて御馳走にもなつたが私は此人の話を聞いて驚いた、其人が話すのに自分は獨逸皇帝の招聘に應じて伯林に來たが皇帝が私にかう云ふ事を申された、朕は之から獨逸の大學に支那文學の講座を置きたいが殘念な事には獨逸には立派な支那學者がゐないから、お前どうか之から其教授の卵子を拵らへて貰ひたい其ためにお前を招聘したと云はれたといふ事であります。ホロート教授は支那學では造詣の深い人で、支那宗教大系と云ふ大きい著述をして居る方ですが、其人が話すには凡そ支那國民を理解するには、其宗教を知ることが必要である、然るに宗教といへば勿論佛教も必要であるが同時に道教も必要である、支那の民衆、殊に下層階級の風俗習慣等を理解するには道教が必要である。然るに其經典は收めて道藏にあるが、之を得ることが極めて困難である、幸ひ貴國の帝室の御文庫中に收まつて居る(之を知つて居つたのには私も驚いた)何故に貴國で此貴い經典を重刻して廣く學界に益する樣にしないかと云ふのである、そこで私は其困難な事情を述べた。それは何となれば御承知の通り佛教の藏經は我國に佛教各派の本山も澤山あるから其本山だけで買つても出版費が出るとして、道教と云ふものは元來宗
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