女房は本を読んだことがないから、この引き事の奥妙を悟ることは出来なかったが、何しろ学問のある七爺がこんな風にいうのだから事情が大変面倒で取返しのつかぬものと察し、まるで死刑の宣告を受けたように、耳朶《みみたぶ》の中がガアンとして、もはやぐうのねも出なくなった。
「代々落ち目になるばかりだ」九斤老太は不平の真ッ最中であったから、この機に乗じて趙七爺に向い「今の長毛《ざんもう》(革命党)は人の辮子を剪るので、坊さんだか、道士だか、見分けのつかぬ頭になった。昔の長毛(長髪賊)はこんなもんじゃない。わたしは七十九まで活き延びて、長生きをし過ぎた。昔の長毛はキチンとした紅緞子《べにどんす》で頭を包み、後ろの方へ下げてずっと後ろの方へ下げて、脚の跟《かかと》の方まで下げた。王様は黄緞子《きどんす》でこれも後ろへ下げていた。黄緞子、紅緞子、黄緞子――わたしは長生きし過ぎた。七十九歳だ」
 七斤ねえさんは立上って誰にいうともなく喋った。「こりゃあ、どうしたら好かろう。お婆さんも子供も内の者は皆あの人に手頼《たよ》って暮しているのだ」
 趙七爺は頭を揺《ゆす》って言った。「どうあっても仕方がない。辮子の
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
井上 紅梅 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング