《はら》の中にはあんまり名文章がないからな」
「そんなら節句が過ぎたら、どうする積りなんです」
「節句が過ぎたら? やっぱり官吏さ。あした商人が来て金|呉《く》れと言ったら、八日の午後に来いと言いさえすればいい」
彼は嘗試集を取ってまた読み始めた。方太太は慌てて語をついだ。
「節句が過ぎて八日になったら、わたしゃ……いっそのこと富籤《とみくじ》でも買った方がいいと思いますわ」
「馬鹿《ばか》な! そんな無教育なことを言う奴があるもんか」
彼はたちまちあの時のことを思い出した。金永生から追払《おっぱら》われて、ぼんやりとして稻香村《とうこうそん》(菓子屋)の前まで来ると、店先にぶらさげてある一斗桝《いっとます》大の広告文字を見た。「一等幾万円」にはちょっと心が動いたが、あるいは足の運びがのろくなったのかもしれん、とにかく蟇口《がまぐち》の中に残っているのはわずかに六十銭。実はそれを捨てかねたから思い切りよく遠のいたのだ。彼が顔色を変えると、方太太は彼女の無教育を怒ったのかと思って話の結末をつけずに退出した。方玄綽もまた話の結末をつけずに腰を伸ばして嘗試集を読み始めた。
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