でいると、外から人が入って来た。見ると思わず知らず驚いた。この人はほかでもない閏土であった。わたしは一目見てそれと知ったが、それは記憶の上の閏土ではなかった。身の丈けは一倍も伸びて、紫色の丸顔はすでに変じてどんよりと黄ばみ、額には溝のような深皺が出来ていた。目許は彼の父親ソックリで地腫れがしていたが、これはわたしも知っている。海辺地方の百姓は年じゅう汐風に吹かれているので皆が皆こんな風になるのである。彼の頭の上には破れた漉羅紗帽が一つ、身体の上にはごく薄い棉入れが一枚、その著《き》こなしがいかにも見すぼらしく、手に紙包と長煙管《ながぎせる》を持っていたが、その手もわたしの覚えていた赤く丸い、ふっくらしたものではなく、荒っぽくざらざらして松皮《まつかわ》のような裂け目があった。
 わたしは非常に亢奮して何と言っていいやら
「あ、閏土さん、よく来てくれた」
 とまず口を切って、続いて連珠の如く湧き出す話、角鶏、飛魚、貝殻、土竜……けれど結局何かに弾かれたような工合《ぐあい》になって、ただ頭の中をぐるぐる廻っているだけで口外へ吐き出すことが出来ない。
 彼はのそりと立っていた。顔の上には喜び
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