んか要るもんかね。わたしに譲っておくれよ、わたしども貧乏人こそ使い道があるわよ」
「わたしは決して金持ではありません。こんなものでも売ったら何かの足しまえになるかと思って……」
「おやおやお前は結構な道台《おやくめ》さえも捨てたという話じゃないか。それでもお金持じゃないの? お前は今三人のお妾《めかけ》さんがあって、外に出る時には八人|舁《かつ》きの大轎《おおかご》に乗って、それでもお金持じゃないの? ホホ何と被仰《おっしゃ》ろうが、私を瞞《だま》すことは出来ないよ」
 わたしは話のしようがなくなって口を噤んで立っていると
「全くね、お金があればあるほど塵ッ葉一つ出すのはいやだ。塵ッ葉一つ出さなければますますお金が溜るわけだ」
 コンパスはむっとして身を翻し、ぶつぶつ言いながら出て行ったが、なお、行きがけの駄賃に母の手袋を一双、素早く掻っ払ってズボンの腰に捻じ込んで立去った。
 そのあとで近処の本家や親戚の人達がわたしを訪ねて来たので、わたしはそれに応酬しながら暇を偸《ぬす》んで行李《こうり》をまとめ、こんなことで三四日も過した。
 非常に寒い日の午後、わたしは昼飯を済ましてお茶を飲ん
前へ 次へ
全20ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
井上 紅梅 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング