そよ風はもう歇《や》んだ。枯草《かれくさ》はついついと立っている。銅線のようなものもある。一本が顫え声を出すと、空気の中に顫えて行ってだんだん細くなる。細くなって消え失せると、あたりが死んだように静かになる。二人は枯草《かれくさ》の中に立って仰向いて鴉を見ると、鴉は切立《きった》ての樹の枝に頭を縮めて鉄の鋳物《いもの》のように立っている。
 だいぶ時間がたった。お墓参りの人がだんだん増して来た。老人も子供も墳《つか》の間《あいだ》に出没した。
 華大媽は何か知らん、重荷を卸したようになって歩き出そうとした。そうして老女に勧めて
「わたしどもはもう帰りましょうよ」
 老女は溜息|吐《つ》いて不承々々《ふしょうぶしょう》に供物《くもつ》を片づけ、しばらくためらっていたが、遂にぶらぶら歩き出した。
「これはまた、何としたことでしょうか」
 口の中でつぶやいた。二人は歩いて二三十歩も行かぬうちにたちまち後ろの方で
「かあ」
 と一声《いっせい》叫んだ。
 二人はぞっとして振返って見ると、鴉は二つの翅《はね》をひろげ、ちょっと身を落して、すぐにまた、遠方の空に向って箭《や》のように飛び去った。
[#地から4字上げ](一九一九年四月)



底本:「魯迅全集」改造社
   1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 或→ある 却って→かえって 屹度→きっと 呉れ→くれ 此処→ここ 此→この 宛ら→さながら 暫く→しばらく 即ち→すなわち 其→その 只→ただ 忽ち→たちまち 丁度→ちょうど 一寸→ちょっと て仕舞った→てしまった 尚お→なお 筈→はず 甚だ→はなはだ 又・亦→また 未だ→まだ 丸切り→まるきり 若し→もし 矢ッ張り→やッぱり 余程→よほど」
※底本内には「燈」と「灯」が混在していますが、そのままにしました。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(加藤祐介)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年5月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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