り魯鎮から通い船を漕いでお城へ行き、晩になるとまた魯鎮に帰って来た。きょうは六尺の斑竹の煙管の外に一つのお碗を持って来た。彼は晩飯の席上で九斤老太に向い、このお碗を城内で釘付けすると欠け口が大きいから銅釘が十六本要った。一本が三文で皆で四十八文かかった。
九斤老太ははなはだ不機嫌だった。「代々落ち目になるばかりだ。わしは長生きをし過ぎた。釘一つが三文。むかしの釘はそんなものではない。むかしの釘は何だ……わしは七十九になった」
それから後でも七斤は日々に入城したが、家内はいつも薄闇《うすぐら》かった。
村人は大抵廻避して彼が城内から持って来た珍談を聞きに来ようともしなかった。七斤ねえさんはいい機嫌になっていられない。いつも「咎人」と彼を罵った。
十日ばかり過ぎて七斤は城内から帰って来ると彼の女房は大層嬉しそうだ。
「お前は城内で何か聴いておいでだろうね」
「なんにも聴かなかった」
「天子様はお匿れにならないのだろう」
「あいつ等は何とも言っていなかった」
「咸亨酒店の中で何とか言っていた人はなかったかね」
「なんとも言っていなかった」
「わたしはきっと天子様はお匿れにならないと思うよ。わたしはきょう趙七爺の店の前を通ると、あの人は坐って本を読んでいたが、辮子は前のように頭の上にまるめていたよ。そして長衫は著ていなかった」
「……………」
「お前はどう思う。ね、お匿れにならないのだろう」
「そうだね。お匿れにならないのだろう」
今の七斤は早くもまた、七斤ねえさんと村人から相当の尊敬と相当の待遇を払われるようになった。夏になると彼等は以前のように自分の門口の空地の上で飯を食ったが、皆集って来て嬉しげに話した。九斤老太はもう八十のお祝になったが、相変らず不平で相変らず達者であった。
六斤の頭の上の蝶々とんぼはその時すでに一つの大きな辮子に変っていた。彼女は近頃纏足を始めたが、やはりもとのように七斤ねえさんの手助けをして、十六本の釘を打った飯碗を捧げて、跛《ちんば》を引きながら空地の上を往来していた。
[#地から五字上げ](一九二〇年十月)
底本:「魯迅全集」改造社
1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の書き換えをおこないました。
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