ろで育った学者だけあって、目が高い。乃公の豆は一粒|撰《よ》りなんだぜ。田舎者にゃわからねえ。全く乃公の豆は、ほかのもんとは比べ物にならねえ。乃公はきょう幾らか、おばさんのところへ持ってってやるんだ」
彼はそこで櫂を押して過ぎ去った。
わたしは母親に喚《よ》ばれて晩飯を食いに帰ったら、卓上の大どんぶりに煮立ての羅漢豆があった。これは六一爺さんがわたしの母とわたしに食べさせるために贈ってくれたもので、彼は母親に向って、わたしのことを箆棒《べらぼう》にほめていたそうだ。
「年はいかないが見上げたもんだ。いまにきっと状元《じょうげん》に中《あた》るよ。おばさん、おめえ様の福分は乃公が保証しておく」
わたしは豆を食べたが、どうしてもゆうべの豆のような旨みは無かった。
まったく、それからずっと今まで、わたしは本当にあの晩のようないい豆は二度と食べたことはなかった。――あの晩のようないい芝居も二度と見たことはなかった。
[#地から4字上げ](一九二二年十月)
底本:「魯迅全集」改造社
1932(昭和7)年11月18日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「彼奴→あいつ 或る→ある 一層→いっそう 況んや→いわんや 恐らく→おそらく 凡そ→およそ 屹度→きっと 位→くらい 呉れ→くれ 此奴→こいつ 極々→ごくごく 此処→ここ 此の・此→この 宛ら→さながら 而も→しかも 知れない→しれない 随分→ずいぶん 其処→そこ 其→その 沢山→たくさん 丈け→だけ 只→ただ 忽ち→たちまち 多分→たぶん 給え→たまえ 為→ため 一寸→ちょっと て居→てい て置→てお て来→てく て仕舞→てしま て見→てみ 迚も→とても 兎に角→とにかく 取りも直さず→とりもなおさず 尚お→なお 殆んど→ほとんど 況して→まして 又・亦→また 未だ→まだ 丸切り→まるきり 丸で→まるで 見る見る→みるみる 若し→もし 矢ッ張り→やッぱり 矢張り→やはり 漸く→ようやく」
※底本に収録された他の作品に、「燈」と「灯」の混在がみられるので、この作品でも、「燈」はそのままにしました。
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(山本貴之)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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