を見て、ようやく机に向ったが、彼の頭の中は薪駄っぽの事で一杯だった。五五の二十五と、まだ頭の中は亜剌比亜《アラビア》数字で混乱していた。彼は深く息を吸って、力強く吐き出してみた。これで頭の中から薪駄っぽと五五の二十五と、亜剌比亜《アラビア》数字の幻影を追い出そうと思ったのだ。果して、息を吐いてから気持も尠《すくな》からず軽くなった。そこでまた恍惚として思いを馳せるのであった――
「どんな御馳走だろうな。珍奇な物でも差支えない。豚のロースの葛掛や粉海老の海参《いりこ》じゃあんまり平凡だ。乃公は是非とも彼等の食い物を『竜虎闘《りゅうことう》』にしたい。しかし『竜虎闘』とは一体どんな物かね? ある人はこれは蛇と猫を用い、広東《カントン》の貴重な料理で大きな宴会でなければ使わないと言ったが、わたしはかつて江蘇《こうそ》の飯屋の献立表でこれを見たことがある。江蘇人は蛇や猫なんかは食うはずがないからたぶん、蛙と鰻のことを指したのであろう。一体、この主人公と夫人は、どこの土地の人に規《き》めたんだっけな?――そんな事は彼等には関係がない。どこの国の人であろうが蛇や猫、あるいは蛙や鰻を一杯くらい食ったって、幸福な家庭を傷つけるものではない。で、つまりだ、最初の一碗は『竜虎闘』としておいても決して差支えない。
 そこで『竜虎闘』がテーブルの中央に置かれて、彼等は箸を著け、互いに顔を見合せてニッコとしながら
『My dear please.』
『Please you eat first, my dear.』
『Oh no! please you!』
 と来るかな。そこで彼等は同時に箸を著け、同時に一塊《いっかい》の蛇肉を抓《つま》む。――いやいや。どうも蛇肉ではグロだ。やっぱり鰻という方がいい。そんならこの『竜虎闘』は蛙と鰻で作ったものということになるので、彼等は同時に一塊の鰻を挟む。大きさは皆同じで五五の二十五と、三五の……こいつはいけない。そして、同時に口に入れる……」
 彼はそのうち我慢し切れなくなって振向いてみようかと思った。というのはたちまち背後が非常に騒々しくなり、人が二三囘往ったり来たりするのだが、それでもよく持ちこたえてざわめきの中で思いを接《つな》いでいる。
「これや少し擽《くすぐ》ったいな。こんな家庭があるだろうか。おや、おや、俺の思索はどうしてこんなに乱れるだろう
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