初めて逢うので遠くの方へ突立って真正面からわたしを見ていた。
 わたしどもはとうとう家移りのことを話した。
「あちらの家も借りることに極《き》めて、家具もあらかた調えましたが、まだ少し足らないものもありますから、ここにある嵩張物《かさばりもの》を売払って向うで買うことにしましょう」
「それがいいよ。わたしもそう思ってね。荷拵《にごしら》えをした時、嵩張物は持運びに不便だから半分ばかり売ってみたがなかなかお銭《あし》にならないよ」
 こんな話をしたあとで母は語を継いだ。
「お前さんは久しぶりで来たんだから、本家や親類に暇乞いを済まして、それから出て行くことにしましょう」
「ええそうしましょう」
「あの閏土《じゅんど》がね、家へ来るたんびにお前のことをきいて、ぜひ一度逢いたいと言っているんだよ」と母はにこにこして
「今度|到著《とうちゃく》の日取を知らせてやったから、たぶん来るかもしれないよ」
「おお、閏土! ずいぶん昔のことですね」
 この時わたしの頭の中に一つの神さびた画面が閃き出した。深藍色《はなだいろ》の大空にかかる月はまんまろの黄金色《こがねいろ》であった。下は海辺の砂地に作られ
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