噂をしている。乃公に見られるのを恐れている。往来の人は皆そんな風だ。中にも薄気味の悪い、最もあくどい奴は口をおッぴろげて笑っていやがる。乃公は頭の天辺《てっぺん》から足の爪先《つまさき》までひいやりとした。解った。彼らの手配がもうチャンと出来たんだ。乃公はびくともせずに歩いていると、前の方で一群の子供がまた乃公の噂をしている。目付は趙貴翁と酷似《そっくり》で、顔色は皆|鉄青《てっせい》だ。一体乃公は何だってこんな子供から怨みを受けているのだろう。とてもたまったものじゃない。大声あげて「お前は乃公にわけを言え」と怒鳴ってやると彼らは一散に逃げ出した。
 乃公と趙貴翁とは何の怨みがあるのだろう。往来の人にもまた何の怨みがあるのだろう。そうだ。二十年前、古久《こきゅう》先生の古帳面《ふるちょうめん》を踏み潰したことがある。あの時古久先生は大層不機嫌であったが、趙貴翁と彼とは識合《しりあ》いでないから、定めてあの話を聞伝《ききつた》えて不平を引受け、往来の人までも乃公に怨みを抱くようになったのだろう。だが子供等は一体どういうわけだえ。あの時分にはまだ生れているはずがないのに、何だって変な目付でじろじろ見るのだろう。乃公を恐れているらしい。乃公をやっつけようと思っているらしい。本当に恐ろしいことだ。本当に痛ましいことだ。
 おお解った。これはてっきりあいつ等のお袋が教えたんだ。

        三

 一晩じゅう睡《ねむ》れない。何事も研究してみるとだんだん解って来る。
 彼等は――知県《ちけん》に鞭打たれたことがある。紳士から張手《はりで》を食《くら》ったことがある。小役人から嚊《かかあ》を取られたことがある。また彼等の親達が金貸からとっちめられて無理死《むりじに》をさせられたことがある。その時の顔色でもきのうのようなあんな凄いことはない。
 最も奇怪に感じるのは、きのう往来で逢ったあの女だ。彼女は子供をたたいてじっとわたしを見詰《みつ》めている。「叔《おじ》さん、わたしゃお前に二つ三つ咬《か》みついてやらなければ気が済まない」これにはわたしも全くおどかされてしまったが、あの牙ムキ出しの青ッ面《つら》が何だかしらんが皆笑い出した。すると陳老五《ちんろうご》がつかつか進んで来て、わたしをふんづかまえて家《うち》へ連れて行った。家《うち》の者はわたしを見ても知らん振りして書斎
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