。ひょっとするとこれは支那《しな》の精神文明が全球第一である一つの証拠かもしれない。
 見たまえ。彼はふらりふらりと今にも飛び出しそうな様子だ。
 しかしながらこの一囘の勝利がいささか異様な変化を彼に与えた。彼はしばらくの間ふらりふらりと飛んでいたが、やがてまたふらりと土穀祠《おいなりさま》に入った。常例に拠るとそこですぐ横になって鼾《いびき》をかくんだが、どうしたものかその晩に限って少しも睡れない。彼は自分の親指と人差指がいつもよりも大層|脂漲《あぶらぎ》って変な感じがした。若い尼の顔の上の脂が彼の指先に粘りついたのかもしれない。それともまた彼の指先が尼の面《つら》の皮にこすられてすべっこくなったのかもしれない。
「阿Qの罰当りめ。お前の世嗣《よつ》ぎは断《た》えてしまうぞ」
 阿Qの耳朶《みみたぶ》の中にはこの声が確かに聞えていた。彼はそう想った。
「ちげえねえ。一人の女があればこそだ。子が断《た》え孫が断《た》えてしまったら、死んだあとで一碗の御飯を供える者がない。……一人の女があればこそだ」
 一体「不孝には三つの種類があって後嗣《あとつ》ぎが無いのが一番悪い」、そのうえ「若敖
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