|恐懼《きょうく》の眼付で彼を見た。こういう風な可憐な眼付は、阿Qは今まで見たことがなかった。ちょっと見たばかりで彼は六月氷を飲んだようにせいせいした。彼はいっそう元気づいて歩きながら怒鳴った。
「よし、……乃公がやろうと思えばやるだけの事だ。乃公が気に入った奴は気に入った奴だ。
 タッタ、ヂャンヂャン。
 後悔するには及ばねえ。酔うて錯《あやま》り斬る鄭賢弟《ていけんてい》。
 後悔するには及ばねえ。ヤーヤーヤー………
 タッタ、ヂャンヂャン、ドン、ヂャラン、ヂャン。
 乃公は鉄の鞭でてめえ達を叩きのめすぞ……」
 趙家の二人の旦那と本家の二人の男は、表門の入口に立って革命のことで大論判《だいろっぱん》していた。阿Qはそれに目も呉れず頭をもちゃげてまっすぐに過ぎ去った。
「ドンドン……」
「Q《キュー》さま」と趙太爺はおずおずしながら小声で彼を喚びとめた。
「ヂャンヂャン」阿Qは彼の名前の下に、「さま」という字が繋がって来ようとは、まさか思いも依ら[#底本ではここに不要な「「」]なかった。これは外の話で自分と関係がないと思ったから、ただ「ドンチャン、ドンチャン、ヂャラン、ヂャンヂャン」と言っていた。
「Qさん」
「思切ってやっつけろ……」
「阿Q!」秀才は仕方なしにもとの通りにその名を喚んだ。
 阿Qはようやく立ちどまって首をかしげて訊いた。「なんだね」
「Qさま……当節は……」と趙太爺は口を切ったが、言い出す言葉もなかった。「当節は……素晴らしいもんだね」
「素晴らしいと? あたりまえよ。何をしようが乃公の勝手だ」
「……Q、わしのような貧乏仲間は大丈夫だろうな」と趙白眼はこわごわ訊いた。革命党の口振りを探るつもりであったらしい。
「貧乏仲間? てめえは乃公より金があるぞ」阿Qはそう言いながらすぐに立去った。
 みんな萎れ返って物も言わない。趙家の親子は家《うち》に入って灯《ひ》ともしごろまで相談した。趙白眼も家《いえ》に帰るとすぐに腰のまわりの搭連をほどいて女房に渡し、[#「、」は底本では空白]箱の中に蔵《おさ》めた。
 阿Qは一通りぶらぶら飛び廻って土穀祠《おいなりさま》に帰って来ると、もう酔《よい》は醒めてしまった。
 その晩、廟祝《みやばん》の親父も意外の親しみを見せて阿Qにお茶を薦めた。阿Qは彼に二枚の煎餅をねだり、食べてしまうと四十|匁《め》蝋燭の剰
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