近寄らなかった。ほかの人達もまた同じようであった。
 阿Qはこの時、未荘の人の眼の中の見当では、趙太爺以上には見えないが、たいていおつかつの偉さくらいに思われていたといっても、さしたる語弊はなかろう。
 そうこうする中《うち》にこの阿Qの評判は、たちまち未荘の女部屋の奥に伝わった。未荘では錢趙両家だけが大家《たいけ》で、その他はたいてい奥行が浅かった。けれども女部屋はつまり女部屋であるから一つの不思議と言ってもいい。女どもは寄るとさわるときっとその話をした。鄒七嫂が阿Qの処から買った一枚のお納戸絹《なんどぎぬ》の袴は古いには違いないが、たった九十仙だった。趙白眼の母親も――一説には趙司晨の母親だということだが、それはどうかしらん――彼女もまた一枚の子供用の真赤な瓦斯織《がすおり》の単衣物《ひとえもの》を買ったが、まだちょっと手を通したばかりの物がたった三百|大銭《だいせん》の九二|串《さし》であった。
 そこで彼等は眼を皿のようにして阿Qを見た。絹袴が無い時には、絹袴の出物は無いかと彼に訊《たず》ねてみたく思った。瓦斯織の単衣《ひとえ》がほしい時には、瓦斯織の単衣の出物は無いかと彼に訊ねてみたく思った。今度は阿Qを見ても逃げ込まないで、かえって阿Qのあとを追馳《おいか》けて、袖を引止めた。
「阿Q、お前はもっと外《ほか》に絹袴を持っているだろう。え、無いって。わたしは単衣物もほしいんだよ。あるだろう」
 あとではこの様なことが、端近い女部屋から終《つい》に奥深い女部屋に伝わった。鄒七嫂は嬉しさの余り彼の絹袴を趙太太《ちょうたいたい》の処へ持って行ってお目利きをねがった。趙太太はまたこれを趙太爺に告げて一時すこぶる真面目になって話をしたので、趙太爺は晩餐の卓上秀才太爺(息子)と討論した。阿Qは全くどうも少し怪しい。われわれの戸締もこれから注意しなければならんが、しかし彼の品物で、まだ買ってやっていいようなものがあるかもしれないと想った。殊に趙太太は直段《ねだん》が安くて品物がいい皮の袖無しが欲しいと思っていた時だから、遂に家族は決議して鄒七嫂にたのんで阿Qをすぐに喚んで来いと言った。かつこれがために第三の例外をひらいてこの晩特にしばらく燈《あかり》をつけることを許された。
 油は残り少くなったが阿Qはまだ到著しなかった。趙家の内の者は皆待ち焦れて、欠伸をして阿Qの気紛
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