いた。この一節を聴いた者は皆かしこまった。この老爺《だんな》は姓を白《はく》といい城内切っての挙人であるから改めて姓をいう必要がない。挙人という話が出ればつまり彼である。これは未荘だけでそう言っているのではない、この辺百里の区域の内は皆そうであった。人々はほとんど大抵彼の姓名を挙人老爺《きょじんだんな》だと思っていた。そのお方のお屋敷でお手伝していたのはもちろん敬うべきことである。けれど阿Qの言うとこにゃ、彼はもう行ってやる気はない。この挙人老爺は実に非常な「馬鹿者」だ。この話を聴いた者はみな歎息して嬉しがった。阿Qは挙人老爺の家で働くような人ではないが、働かないのも惜しいこった。
阿Qの話でみると、彼が帰って来たのは城内の人が気に入らぬからであるらしい。これはつまり、長※[#「登/几」、第4水準2−3−19]《チャンテン》(長床几《ながしょうぎ》)を条※[#「登/几」、第4水準2−3−19]《デウテン》ということや、葱の糸切を魚の中に入れたり、そのうえ近頃見つけ出した欠点は、女の歩き方がいやにねじれてはなはだよくない。しかしまた大《おおい》に敬服すべき方面もある。早い話が未荘の田舎者は三十二枚の竹牌《ちくはい》(牌の目の二面を以て成立った牌)を打つだけのことで、麻将《マーチャン》を知っている者は偽毛唐だけであるが、城内では小さな餓鬼《がき》までが皆よく知っている。なんだって偽毛唐が、城内の十歳そこそこの子供の手の中に入ってしまうのか。これこそ「小鬼が閻魔様と同資格で会見する」様なもので、聴けば赤面の到りだ。「てめえ達は、首斬《くびきり》を見たことがあるめえ」と阿Qは言った。「ふん、見てくれ、革命党を殺すなんておもしれえもんだぜ」
彼は首をふると、ちょうどまん中にいた趙司晨の顔の上に唾《つばき》がはねかかった。この一言に皆の者はぞっとした。だが阿Qは一向平気であたりを見廻し、たちまち右手をあげて、折柄《おりから》頸《くび》を延して聴き惚れている王※[#「髟/胡」、157−4]のぼんのくぼを目蒐《めが》けて、打ちおろした。
「ぴしゃり!」
王※[#「髟/胡」、157−6]は驚いて跳び上り稲妻のような速力で頸を縮めた。見ていた人達は気味悪くもあり、おかしくもあった。それからというものは王※[#「髟/胡」、157−7]の馬鹿野郎、ずいぶん長い間、阿Qの側《そば》へは
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