らく搗いていると身内が熱くなって来たので、手をやすめて著物《きもの》をぬいだ。
 著物《きもの》を脱ぎおろした時、外の方が大変騒々しくなって来た。阿Qは自体賑やかなことが好きで、声を聞くとすぐに声のある方へ馳《か》け出して行った。だんだん側《そば》へ行ってみると、趙太爺の庭内でたそがれの中ではあるが、大勢|集《あつま》っている人の顔の見分けも出来た。まず目につくのは趙家のうちじゅうの者と二日も御飯を食べないでいる若奥さんの顔も見えた。他に隣の鄒七嫂《すうしちそう》や本当の本家の趙白眼《ちょうはくがん》、趙司晨《ちょうししん》などもいた。
 若奥さんは下部屋《しもべや》からちょうど呉媽を引張り出して来たところで
「お前はよそから来た者だ……自分の部屋に引込んでいてはいけない……」
 鄒七嫂も側《そば》から口を出し
「誰だってお前の潔白を知らない者はありません……決して気短なことをしてはいけません」といった。
 呉媽はひた泣きに泣いて、何か言っていたが聞き取れなかった。
 阿Qは想った。「ふん、面白い。このチビごけが、どんな悪戯《いたづら》をするかしらんて?」
 彼は立聴きしようと思って趙司晨の側《そば》までゆくと、趙太爺は大きな竹の棒を手に持って彼を目蒐《めが》けて跳び出して来た。
 阿Qは竹の棒を見ると、この騒動が自分が前に打たれた事と関係があるんだと感づいて、急に米搗場に逃げ帰ろうとしたが、竹の棒は意地悪く彼の行手を遮った。そこで自然の成行きに任せて裏門から逃げ出し、ちょっとの間《ま》に彼はもう土穀祠《おいなりさま》の宮の中にいた。阿Qは坐っていると肌が粟立《あわだ》って来た。彼は冷たく感じたのだ。春とはいえ夜になると残りの寒さが身に沁《し》み、裸でいられるものではない。彼は趙家に置いて来た上衣《うわぎ》がつくづく欲しくなったが、取りに行けば秀才の恐ろしい竹の棒がある。そうこうしているうちに村役人が入って来た。
「阿Q、お前のお袋のようなものだぜ。趙家の者にお前がふざけたのは、つまり目上を犯したんだ。お蔭で乃公はゆうべ寝ることが出来なかった。お前のお袋のようなものだぜ」
 こんな風に一通り教訓されたが、阿Qはもちろん黙っていた。挙句の果てに、夜だから役人の酒手を倍増しにして四百文出すのが当前《あたりまえ》だということになった。阿Qは今持合せがないから一つの帽子を質
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