ンド》で、子供時代に英大使ガロエイ氏一家――ことに娘のマーガレット・ブレーアムと馴染だった。彼は借金を踏倒して国を逃出し、今では軍服、サーベル、拍車で歩きまわって、英吉利《イギリス》風の礼儀をすっかり忘れてしまっている。大使の家族に礼をした時、ガロエイ卿と夫人とは無愛想に首を曲げただけで、マーガレット嬢は傍《わき》を向いてしまったのである。
しかし、昔馴染のこれらの人達がお互にどんなに興じ合っていようとも、主人のヴァランタンは彼等の特に興味をもったのではない。彼等のうちの一人だって、少なくとも今夜の客とはいえないのだ。ある特別な理由で、彼はかつて米国で堂々たる大探偵旅行を企てた時に知己になった世界的に有名な男を待っていた。彼はジュリアス・ケイ・ブレインと言う数百万|弗《ドル》の財産家の来るのを待っていたのだ。このブレインが群小宗教に寄附する金は人をアッといわせるほど巨大なもので、英米の諸新聞のいい噂の種となったものである。そのブレインが無神論者であるのか、モルモン宗徒であるのか、基督《キリスト》教信仰治療主義者であるのか、それは誰にもわからなかった。が、彼は新らしい知識的宣伝者と見れば、どんなものにも即座に金を注ぎ込んだ。彼の道楽の一つは、アメリカ沙翁《さおう》の出現するのを待つことだった――魚釣よりも気の長い道楽だが。彼はワルト・ホイットマンを称讃した、しかしパリのタアナーはいつかはホイットマンよりももっと進歩的であったと考えた。彼は何によらず進歩的と考えられるものが好きであった。彼はヴァランタンを進歩的な男だと思った――それが恐るべき間違いの原因となった。
そのブレインもまもなく姿を現わした。彼は巨大な、横にも竪《たて》にも[#「竪《たて》にも」は底本では「堅《たて》にも」]大きな男で、黒の夜会服にすっかり身を包んでいた。白髪を、独逸《ドイツ》人風に綺麗にうしろへ撫でつけていた。赤ら顔で、熱烈な中にも天使のような優しさがあって、下唇の下に一ふさの黒髯を蓄えている。これがなければ嬰児のように見えるであろう顔に、芝居風な、メフィストフェイス([#ここから割り注]「ファウスト」の中に出て来る悪魔[#ここで割り注終わり])もどきの外観を与えるのであった。けれども、今客間の連中はこの有名な亜米利加《アメリカ》人に見とれてばかりはおられなかった。彼の遅刻がすでに客間の問
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