を聞いたように思いましたのじゃ。わしはタアラント君は見かけのようにあの人は一人ポッチだとは考えませんじゃったよ」
タアラントが不機嫌な様子でのろのろと来た時に、その確信を得た。女の声ではあるが、高いかなりやかましい、他の声が戯談《じょうだん》まじりで話していた。
「どうして私はあの人がここに居るだろうという事を知ったか?」
この愉快な観察が彼は話しかけられたのではないという事がスメール教授に影響した。そこで彼は幾分当惑して、まだ第三の人物が居ったという結論に達した。ダイアナ夫人が水松の木のかげからいつもの様にニコニコして出て来た時に、彼は彼女は彼女自身の生きてる影である事を注目した。レオナルド・スミスのやせたさっぱりした姿が、すぐに彼女の華美な後から現われた。
「譎漢共《ごろつきかんども》!」スメールがつぶやいた、「どうして、彼等が皆ここに居るんだろう! 海象《くらげ》のような頬鬚の生えてるあの小さな見世物師を除いて皆だ」
彼は彼の傍に師父がおだやかに笑ってるのを聞いた。そして真にその状態は笑い事ではなくなって来た。無言劇のトリックの様に彼等の耳が転倒したりまわってるように思われた。教授が話してる間さえ、彼の言葉は最もおかしい矛盾を受けた。奇怪な髯をもった円い頭が地の中の穴から急に現われたりした。しばしの後彼等はその穴は事実において非常に大きい穴で、地中の中心に達してる段梯子《はしご》に通じていて、彼等が訪ねようとした地下への入口であった事を了解した。あの小さい男がその入口を発見した最初であった。そして同伴者に話しかけようとして再び彼の頭を差出す前にもう既に梯子を一二段上っていた。彼はハムレットの中の道化に出るある馬鹿気た墓掘りのように見えた。彼はただ彼の深い髯のかげでこう言った。「ここが下りる所ですよ」しかしその声は彼等が一週間の間食事の時に彼と相対していたけれども、彼等は彼が今までに話すのをほとんど聞いた事はなかったし、また彼はイギリスの講師であるように想像されてたが、彼はむしろ外国のアクセントで話すという趣きをその一行の人々に伝えた。
「ねえ、教授」とダイアナ夫人は快活気に叫んだ。「あなたのビザンティンのミイラは見のがすにはあまり惜しゅう御座いましたの、私は皆さんとただ御一緒に見にまいりました。そして皆さんも私と同じようにお感じになったに違いありませんわ。さああなたはそれについて凡てを話してくださらねばなりません」
「私はそれについちゃ、凡てを知りませんよ」とまじめに言った。「ある点において私は何が凡てかさえ知らないのですからな。吾々がこんなにすぐに皆さんと逢うというのはたしかにおかしいと思われます。しかしもし吾々が皆そこを訪問するのなら、責任のある方法で、責任のある指導のもとに、なされねばなりません。吾々は発掘にかかりあってる誰れでも通告せねばなりません。吾々は少なくとも本に吾々の姓名を書かねばなりません」
夫人の焦慮と古老学者の疑いとの間のこの軋轢には口論のような何物かがあった。しかし後者の牧師の職務上の権利における主張とその地方の調査ははるかにまさっていた。髯を生やした小さい男がまた彼の穴からいやいやに出て来た。そしてだまっていやいやに納得した。幸いにも、牧師が彼自身この場に現われた、彼は灰色の頭髪の人の善さそうに見える紳士であった。好古家同志として教授に親しみのある話しをしてる間、興味よりは、むしろ敵意を以てその同伴の彼の一行を見なすようには思われなかった。
「私はあなた方のうちどなたも迷信深くない事をのぞみます」彼は愉快気に言った。「まず最初に、私はこの仕事において吾々の熱心な頭にかかってる悪い前非やまたはいかなる呪いもないという事を、皆さんにお話しせねばなりません。礼拝堂の入口の上で見つけたラテン語の銘を私は今ちょうど訳している所です、そしてそれは三つの呪いがふくまれてるように思われます。すなわち、閉ざされた室に這入る事に対しての呪、第二は棺桶を開く事に対する二重の呪い。そしてそれの内部に発見された金の霊宝に触れる事に対しての三重のそして最もおそろしい呪いです。その最初の二つはもう既に私が受けたのです」と彼は微笑をもってつけ加えた。「しかし私はもし皆さんが幾分でも何かを見ようとなさるなり彼等の最初のと二番目をお受けになるだろうという事を気遣います。物語りに依りますると、呪詛は、長い間においてそしてまたなおもっと後の機会に、かなりぐずぐずした形式で現われます。私は皆さん方にとってどちらが幾分かの慰めであるかどうかは知りません」それからウォルター氏は元気のない慈悲深い態度でもう一度微笑した。
「さあ、それはどんな物語りですか?」スメール教授はくりかえした。
「それはかなり長いお話しです、よくある地方の伝説の様にですな」牧師は答えた。
「それは疑いなく墳墓の時代と同時代です。そしてそれの内容は銘の中に記されていますが。ざっとではありますがな。十三世紀の初期ここの領主の、ギイ・ド・ギソルがゼノアから来た使臣の所有である美しい黒馬に心をうばわれました。が商売気のある彼は巨額の値でなければ売る事を欲しなかったのです。ギイは貪慾のために寺院強奪の罪を犯しました。そして、ある物語りに依ると、そこに使っていた所の、僧正を殺ろしたとさえ云うのです。とにかく、僧正はある呪いを口走りました、それは、彼の墓の安息所から金の十字架を奪い取って自分のものにしたりまたはそれがそこに戻った時にそれをさまたげる誰れでもに振りかかるというのです。領主は町の鍜治屋《かじや》に聖宝を売って馬の代金を工面しました、がしかし彼が馬に乗った最初の日にそれが飛び上って教会の玄関の前に彼を投げ出したのです、そして領主は首を折ってしまいました。かれこれするうちに、今まで金持でその上繁昌していた鍜治屋が、不思議な事が連続的に起って破産してしまいました。そしてなおこの領地に住んでいたユダヤ人の金貸《かねかし》の権力に落ちこんでしまいました。饉死《がし》するより外にしようのなくなった、鍜治屋は林檎の樹に首をくくってしまいました。彼の他の品物、馬、店、そして道具等と一緒に、金の十字架は長い間金貸の所有になってました。そのうちに彼の不敬な父に起った天罰に恐怖された、領主の子息が、その時代の暗いそして厳格な精神における信神者《しんじんもの》になって来たのです。そして彼の家来中の凡ての異教徒または不信者を迫害するのが彼の義務であると考えました。父親には黙許されていた、ユダヤ人がその息子の命令に依って残酷に焼かれました、それで彼が聖宝を所有していたためにひどい目にあったのです。これらの三つの天罰の後で、それは僧正の墓にかえされました。それ以来それを見た者も手をそれに触れた者もないのです。」
ダイアナ夫人は予期していたよりもいっそう動かされたように思われた。
「これはほんとに身震《みぶるい》を催させますね」と彼女が言った。「牧師さんを除いては、私達がその最初であろうと考えますとね」
大きな髯を生やしたそしてでたらめの英語を使う先鋒者は結局彼の気に入りの階段からは下りなかった。その階段は発掘を指図する労働者にだけ使用されていたものであった。牧師は百ヤードばかりはなれた大きなそしてもっと便利な入口に彼等を案内した。そこから彼はたった今地下を調査して出て来たばかりであった。ここでは少し下り道ななだらかな傾斜なのでだんだんに暗さをます以外にはさして困難ではなかった。彼等は松脂《まつやに》のように黒い磨り減らしたトンネルの中に動いてるのがわかった。そして彼等が上の方に一条の光線を見たのはそれからまもなくであった。その沈黙の進行の間に一度誰れかの呼吸のような音があった。それは誰れのであるか言う事は不可能であった。そして一度そこにはにぶい爆音のような嘲罵《ちょうば》があった、そしてそれはわからない言葉であった。
彼等は円いアーチの会堂のような円い小室《こべや》に出て来た。なぜならその会堂はゴシック式の尖端《さき》のとがったアーチが矢尻のように吾々の文明をつきさす前に建てられたものであるから、柱と柱の間の青白い一条の光りが頭上の世界への他の出入口を示した。そしてまた海の下に居るという漠然たる感じを与えた。
ノルマン風の犬歯状の模様が、巨大な鯊《はぜ》の口に似たある感じを与えて、底知れぬ暗さの中《うち》に、アーチ中にかすかに残っていた。そして石の蓋が明いていて、墳墓それ自身の暗い巨体の中にかかる大海獣のあごがあるかもしれなかった。
ふさわしいという考えからかあるいはもっと近代的な設備の欠乏からかして、その僧職の好古家は床の上に立ってる大きな木製のローソク台にただ四本の丈高いローソクをとぼして会堂の照明を計った。これ等の一本が、彼等が這入って来た時に、偉大な古物に弱々しい光りを投げながらとぼされた。彼等が皆集った時に、牧師は他の三本に火をつけるために進んだ、そして巨大な石棺の形ちがもっとはっきりと見えて来た。
凡ての眼は、ある神秘な西方の方法に依って幾年ともなく保存された、その死人の顔に注がれた。教授は驚異の叫びをおさえる事がほとんど出来なかった。なぜなら、その顔は蝋燭の面のように青白くはあったけれども、今眼を閉じたばかりの眠ってる人のように見えたから。その顔は骨っぽい骨格を持ち、狂神者型でさえある、苦業者の顔であった。体は金の法衣とそして華美な祭服をつけていた。そこから胸の所が高くなっていて、喉の下の所に種々短い金の鎖の上に有名な黄金の十字架が輝いていた。石の棺は頭部の蓋を上げると開かれるようになっていた。二本の丈夫な棒でそれを高く支えて、上部の石の平板《ひらいた》の端にひき上げて、それから死骸の頭の後の棺の角々に差入られた。それで足と体の下の方はよく見られなかった。けれども蝋燭の光りは顔一っぱいに照らした、そして海牙色[#「海牙色」に傍点]の死人の色合に対照して黄金の十字架は動きそしてまた火のようにきらきらするように見えた。
牧師が呪いの物語りをして以来、スメール教授の大きな額は反省の深い皺がきざまれた。しかし敏感な女性の直感は彼の周囲の人々より以上彼の苦悩してる不動の意味を了解した。その蝋燭の光に照された洞穴の沈黙の中にダイアナ夫人は不意に叫び声をあげた。
「それにさわってはいけないと、いうのに!」
しかしその男は死体の上にかがんで、獅子の如き迅速な勢いで、もうすでにさわっていた。つぎの瞬間彼等は凡て、ちょうど空が落ちて来たかのようなおそろしい身振をもって、ある者は前に、ある者は後に、突進した。
教授が黄金の十字架に一指をふれた時に、石の蓋を支えるためにごくかすかに曲っていた、棒が飛び上ったので彼等は身振いをしてかたくなったように思われた。石の平板《へいばん》の縁が木の台からすべった、それから彼等の身も魂も、絶壁から振りおとされるような、奈落に落ちこむようないやな気持ちになった。スメールはす早く彼の手をひいた、がもう間にあわなかった。それから彼は頭からタラタラと血を流して、棺桶の側《そば》に人事不省にたおれた。そして古るい石の棺は何世紀もの間閉じていたように再び閉じられた。食人鬼にさかれた骨を暗示するような、割目につきささった一二の棒片《ぼうぎれ》を除いて、その大海獣は石の口をパックと噛んだ。
ダイアナ夫人は狂気の如き電光を持った眼でその破滅を眺めていた。彼の母の髪は青い薄明りの中の蒼白な顔に相対して真紅に見えた。スミスは彼の頭の辺りに犬らしい何物かを以て、彼女を眺めていた。しかしそれは彼がただわずかに了解する事が出来る彼の主人の災難を眺めるだけの表情であった。タアラントと外国人は彼等のいつもの冷淡な態度で面を硬《こわ》ばらしていた。牧師は弱ってるように思われた。師父ブラウンはたおれた人の傍にひざまずいて、その様子を吟味しようとしていた。
皆んなの驚きを外《よそ》に、ポール・ターラントは彼を助けようと前に進んで来た。
「外へ運んだ方がよろしいです
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
チェスタートン ギルバート・キース の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング