ならべてあった。やがて正面の玄関口に廻ってみると、そこには二つの土耳古《トルコ》青色《せいしょく》の植木鉢が両側に控えていた。しばらくして出て来たのは陰気な型《タイプ》のひょろ長い、胡麻塩《ごましお》頭の気の浮かない、給仕頭で、その男のブツブツ云うところによると、サレーダイン公爵はこの頃ずーッと不在であったが、ちょうど今日まもなく戻って来るはずになっており、室内には彼の帰りを迎えそしてまた不意の来客を迎え支度もととのっているとの事だった。そこで例の公爵から貰った名刺を見せて自分が宛名のフランボーだというと給仕頭の羊皮紙色の陰気な顔にも生命《いのち》の浮動がほのみえて、身体《からだ》をブルブル震わせながらもいんぎんな態度でどうか御ゆっくりして行ってくれといった。「御前様はもうほどなくお戻りで御座います」と彼は云った「せっかくお招き申上げた御客様方にわずかのところで会えなかったとあってはさぞ御残念におぼしめすでございましょう。御前様の御※[#「口+云」、第3水準1−14−87]付で簡単な御食事を御前様と御来客様方の分だけいつでも御用意いたしてございますので、旦那様方にもぜひ差上げろと仰せられるで御座いましょうから御遠慮なく召上って下さいまし」
 フランボーは好奇心にかられて、礼儀|正《まさ》しい態度でこの申出をうけた。そして儀式ばって案内されるままに、さきの細長い、明るい鏡板のはりつめられてある部屋へと、この老人に従って行った。室内にはこれといって目を惹くものがなかったが、ただ、細長い腰低の窓が幾つかあって、その合間々々が風変りにも同じく細長い腰低の姿見張りになっているので、部屋全体が調子の軽い、飄々たるものに見えるのだった。何となく庭で軽食《ランチ》を食っているような気がした。隅の方にはくすんだ肖像画が一二枚かかっていた。その一つは軍服姿の非常に若い青年の大きな写真で、今一つは赤チョークで描いてある、毛を垂れさげた二人の少年のスケッチ肖像であった。その軍人が公爵その人であるかとフランボーが訊いたのに対して、給仕頭は無愛相に、違うと答えた。それは公爵の弟に当たる陸軍大尉でステーフィン・サレーダインという人だと云った。がそれだけで老人はプイと口を閉じてしまって、話なんかしたってつまらんといったような渋い顔をした。
 軽食《ランチ》の後で上等の珈琲《コーヒー》とリキュー酒の振舞がすむと二人の客は庭と図書室とそれから家政婦――女は少なからざる威風を備えた、じみなしかし美貌の持主で陰府の聖母というような感じがした――とに紹介された。この女と給仕頭とだけが公爵が本国から連れて来た一族のうち残ったもので、現在家に居る外《ほか》の召使共はこの家政婦がノーフォーク州で新たに募集したものらしかった。家政婦はアンソニー夫人という英吉利《イギリス》名で通っていたが、話の中に少し伊太利《イタリー》訛がまじるところから、フランボーはアンソニーとは疑《うたがい》もなく元の伊太利《イタリー》名をノーフォーク流に呼んだものに相違ないと思った。ミスター・ポウル、それが給仕頭君の名であるが、これもまた幾分他国訛のまじるのが見える。が、しかし英語には実によく熟達していた、現代の貴族に使われる一粒|撰《えり》の召使達が多くそうであるように。
 小綺麗で絶品という感じはしたが、この屋敷には、皎々《こうこう》たる陰気さとでもいうような雰囲気がみなぎっていた。一時間が一日のように永かった。長い、体裁のいい窓のある部屋々々は明るさを一ぱいにはらんではおりながら、それは死のような翳《かげ》がこめていた。そして、チョイチョイした物音、話声、硝子器のチリンという音、召使達の足音、そうした物音に混って、二人の客人は家の四方に小歇《こや》みなくザワザワと流れる水声を聞くことが出来た。
「どうも廻り廻って悪い場所に来たもんじゃなア」と師父ブラウンが窓越しに灰緑色の葦《よし》や銀色の川波を眺めながら云った。「しかし心配はいらんて。君子は悪い場所においても正《まさ》しい人間である事によって善い事が出来るものじゃ」
 一体師父ブラウンは無口な方でもあるが変なところに同情をする小男だ。そこでこの短いおそろしく退屈な時間の間に、彼はいつともなく、相手の専門探偵よりも深くこの|蘆の家《リードハウス》の秘密の中に想出を沈めていた。ニコニコした沈黙というものは世間話《よけんばなし》上手の秘訣ではあるが、彼はこのこつを好く呑込んでいた。で、今も彼は一語さえほとんど洩すことなく、この家で与えられた智識をもとにして出来る限りの推測をたくましゅうしていた。給仕頭は生来むっつり家であった。彼は主人に対して、ほとんど動物的な愛情を抱いている事を洩した。その云う所によると、公爵は非常に虐待されつつあるらしかった。その虐
前へ 次へ
全12ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
チェスタートン ギルバート・キース の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング