供時代の憶出《おもいで》に耽った、丈なす雑草が私達の上に森の如くにひろがる時、私達は小鬼《エルフィン》の踊るを見るようなちょっと冒険的な気持になる、二人はそんな気持にも浸るのであった。大きな月に対してすうっと立つ雛菊は実際巨大な雛菊に見えた、またたんぽぽも巨大なタンポポに見えた。なぜかそれは彼等に子供部屋の腰羽目の壁紙を憶出させた。河床がひろいため、二人は凡《すべ》ての灌木や草花の根本よりズッと下方にあったので、仰向いて草を眺めるような形になった。
「やれやれ、まるで仙郷《せんきょう》へでも来たような気がする」とフランボーが云った。師父《しふ》ブラウンは舟の中にすわったまま真直になって十字をきった。彼の動作が余りにだしぬけだったので、相手はどうかしたんではないかと訊ねたほどだった。
「中世の民謡を書いた人々は」と坊さんが答えた。「仙女のことについては君よりもよく進んでいる。仙郷だからとて結構なことばかりあるわけのものではないでな」
「いやそんなことはない!」とフランボーが云った。「こんな淡い月の下では結構なことばかり起るものです。私はこれから大変に躍進して何が飛出すか一つ見ましょう。こうした月やまたはこうした気持にまためぐり合う前に、徒《いたず》らに死に朽ちてしまうかもしれませんからなア」
「それは御もっともじゃ」とブラウンが云った。「わしは何も仙郷へはいるが必ず悪いとはいわん。ただ必ず危険ではあると云うまでの事じゃ」
彼等は晴々するような流れを静かにさかのぼった。空の菫がかった日光と白金色《はくきんしょく》の月は次第にうすれて行った、そしてかの黎明の色を前触するような渺々《びょうびょう》たる無色の天地に変って来た。赤や金色や灰色の淡い筋がはじめて地平線を涯《はて》から涯まで劃《かく》した時、彼等は川上に横《よこた》わっている町や村かの大きな黒影を見た。万物の姿が目に見えるおだやかな薄明が訪れる頃には、彼等はこの川添《かわぞい》の小村の橋や屋根の下に来ていた。家々は低く屈むような長屋根をいただいていて、巨大な灰色や赤ちゃけた色の家畜が河へ水を飲みに来るように見えた。やがて黎明が刻々と広がり明るくなって、勤勉な朝となった時には彼等は静かな町の荷揚場や橋の上に人間でも家畜でも一々指さす事が出来た。やがて彼等は今しがた沈んだ月のようなまんまるな顔付をした、そしてその下部
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