が、家内が夫の屍体を探すような運命にはなりたくはありませんな。私は死にたくはありませんな。話はこの辺でおしまいにしようじゃありませんか。でも、この壁布が、もし盗られるような事があったら、さア、そうなったら、私も自殺しなければなりませんな。ハハハハハ。』
 大佐は大口を開けて笑ったが、[#「、」は底本では「。」]その笑声は決して陽気なものではなかった。この後この夜の事が話題に上った時、人々はこの時の事を思い出して、お互にハタと声を呑んで息を殺したということである。この時の来客は、一人としてこの冗談に答えることが出来なかった。
 しばらくして一人がこの不吉な冗談を打消すように、
『でも、スパルミエントさん。あなたはハロルドという名前ではないじゃありませんか。』[#「』」は底本では欠落]と言った。
 大佐は快活に、
『そうです。私はハロルドとは言いません。そしてハロルド王に似ている所は少しもないでしょう。だからこの点は安心ですよ。』
 と、この大佐の言葉の終るのを待っていたように、窓の方にあって、俄然として一声強くはげしい電鈴が鳴りひびいた。同時にスパルミエント夫人はキャッと叫んで夫の腕に倒
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