件の驚きが消え失せぬようであった。
 客のすべてが入ってしまうと、門も玄関の戸もぴたりと閉った。そして彼等は扉の二重になっている陳列室に入ることが出来た。部屋の窓には大きな鎧戸がある外に鉄の格子が張ってあった。そして中に十二枚の綴れの錦が陳列されてあった。
 錦というのは、ウイリアム征服王に従って来た武士の子孫が、十六世紀の頃アラスの名工エジエハン・ゴセットに織らせたもので、織り出された図は英国征服史である。それが五百年後、英国のある古城から発見されたのである。それを大佐はどうしたものかわずか五万フランで買入れたのだというが、実際の値段は十倍以上もあるものであった。
 十二枚の中、一等美しくて立派なものは、かつてルパンに盗まれて、再び取りかえしたものである。それにはウイリアム征服王の軍に踏み破られたハスチングスの民の、累々として積る無残な屍体の中に、エジスが首をさし伸べつつ、愛人チキソン王ハロルトの屍《しかばね》を探している世にも愁《うれ》わしい図が描かれていた。その質朴な美、その色ざめた中にある雅趣、人物の姿は惨憺《さんたん》哀愁人に迫るものがあった。
 客はこの名画名技の前に来って
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