共犯者スパルミエント大佐、第三が死体。』
 ガニマール刑事は、こう言いながら、ポケットの中から一枚の新聞を取り出して課長に示した。
『こないだ、あなたがお出でになった時、私は新聞を調べていました。あの時には、今度の事件と何か関係のある記事はなかろうかと思って多くの新聞を探していたのです。ところが、私の予想を満足させる一記事がありました。これを御覧下さい。』
 その新聞にはどんな記事があるのであろう。
(昨夜リイユ屍体陳列所で、屍体が一つ盗まれた。この屍体は前日郵便鉄道で轢死したもので、身元不明の青年であった云々‥‥屍体陳列所では大問題とされている。)
 ジュズイ氏はだまって考えていた。
『君は、これを関係があると思うか?』
『リイユへ行って実否をただしましたが、この記事に少しも間違はありません。その屍体は、スパルミエント大佐が招待会を催した夜盗み出されたもので、一輌の自動車に積まれすぐヴィルダブレ[#「レ」は底本では欠落]イへ運び、その自動車は鉄道沿線に日暮れまでいたそうです。』
『トンネルのあたりなんだね。』
『そうです。』
『すると、そこでスパル[#「ル」は底本では欠落]ミエント大佐の衣裳をつけて轢かれていた屍体は、その屍体と同一なものだというのだね。』
『そうです。』
『しかし、そうなると、この事件の意味はどうなるのだろう。最初壁布を一枚盗み、次にそれを取戻し、今度は十二枚全体盗んだ。一体どうしたというのだろう。あの招待会、あの騒動‥‥どうも解らないなア。』
『全く奇怪です。課長、もっと話を進めねばなりません。ルパンとスパルミエント大佐との関係です。これは素晴らしい厳密な理知に発足しておりますよ。』
『ふむ。』
『共犯者などを考えることが間違なんです。そんな者は無用です。自分一箇で、ただ一人で計画しかつ実行したものです。』
『どうして? わからないね。』
 ジュズイ氏はガニマール刑事の言葉ごとに呆れ入るばかりであった。刑事はにこりと微笑をもらして、
『驚かれたでしょう。課長! あなたがここへ私を見に来られた時、ふとこの考えが湧きました。全く驚き入りました。あいつの手練には馴れていますから、大抵の事は心得ているつもりですが、今度という今度はさすがに面喰いましたよ。』
『冗談じゃない!』
『どうしてです。』
『そんな事があるものか。』
『あるんです。しかもまことに当然なことです。一人で三役勤めているんです。子供にだってこんな問題はわかりますよ。まず屍体はウソだから取除けますよ。』
『ふん!』
『あとにはスパルミエント大佐と、ルパンとの二人が残るでしょう。』
『ふん!』
『それから、他から入っていないし、内の者にも他にはないのですから、スパルミエント大佐こそは‥‥』
『ルパンか?』
『そうです。課長! ブレジリヤの富豪という化の皮を被って、彼奴《きゃつ》は六ヶ月前にスパルミエント大佐と称し、英国を旅行している中あの綴れ錦の壁布の発見されたことを聞いてそれを買い込むと、その中一等良いのを盗まれたと言ってルパンに世人の注意を向け、ルパン対スパルミエントの大芝居で世間の人気を集め、招待会で来客を驚かし、すっかり膳立が出来ると、献立通りの御馳走を頂戴したのです。大佐は死んでしまった。友達からは惜しまれ、世間からは気の毒がられ、そして本体の最終目的たる多大の利益を握るために‥‥』と言いかけて、刑事は課長の顔色をうかがいながら、
『愛妻を残しておいたのです。』
『エジス夫人だね。』
『そうです。』
『君は本当にそう思うか?』
『思いますとも。目的もないのに、こんな芝居をやるものですか。それは莫大な利益!』
『だって、利益と云った所で、ルパンが壁布‥‥を亜米利加《アメリカ》とかへ売るというだけのものだろう。それなら‥‥』
『それなら、スパルミエント大佐にだって売れます。こんな芝居をやるがものはありません。』
『じゃア。』
『外にもっと金の這入ることがあるんです。』
『金が這入るというと?』
『そら、課長! スパルミエント大佐は初め一枚盗られた時、大損害だと言って騒いだでしょう。そして今度大佐は死んでも、後に妻君が残っているでしょう。そらその妻君の手に入るじゃありませんか?』
『入るって? 何が!』
『何がって? そら、保険金が!』
 聞くと同時に、ジュズイ氏はあまりの驚きにウウとうなった。初めて事件の真相が彼の面前に展開されたのである。

          七

『や、なるほど、そうだそうだ、大佐は壁布を保険に掛けたな。』
『しかも、少々ではありません。』
『いくらだ?』
『八十万フラン。』
『八十万フラン!』
『そうです、五つの会社へ‥‥』
『夫人はもうそれを請取ってしまったか?』
『昨日十五万フラン、今日は私の居ない間に二十万フラン。
前へ 次へ
全10ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ルブラン モーリス の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング