誰かが叫んだ。しかし、婦人は二人気絶していた。スパルミエント夫人も失神せんばかりになって、真蒼《まっさお》な顔色をしてぶるぶる震えながら夫の腕にすがりついていた。男達も皆顔色を失ったり、カラーをゆがめたり、ちょうど格闘のあとのような様であった。
それらの人々は、みんなかの錦の壁布の盗まれたものだと思っていたのに、壁布は元のように壁に掛っているのが、何だかおかしいくらいに思えた。
その他にも人間より他に動いたものは何もない。高価な額も無事に掛っている。それにあんなに家中が真暗になったり電鈴が鳴りひびいたりしたけれども、出入を警戒した探偵等には何の異変をも認めることは出来なかった。一人だって外から入った者も無ければ、また入ろうとした者もない。
大佐はようやく愁眉《しゅうび》を開いて、
『ベルの装置は陳列室の窓ばかりですし、それにその仕掛を知っているのは私一人ですがそれを締め直しておかなかったのです。』
来客は声をあげて打笑った。そして誰も今自分等がとった周章狼狽《しゅうしょうろうばい》のありさまを極り悪く思って笑い濁した。でも何だか急に空気が重苦しく感じて、みんな一時も早くこの家を去りたいと思った。
ただ二人の新聞記者だけがあとに残った。大佐は夫人を女中共にあずけた後、この二人の記者と、警戒の探偵三人とで共々に邸内くまなく調べたけれど、怪しい点の何者をも見出すことは出来なかった。そこで大佐はシャンペンを上げた。そして新聞記者は帰って行った。それは夜中の二時四十五分であった。
記者を送り出すと、大佐も寝室に入り、探偵達も例の部屋へ引き取った。でもこの探偵達は部屋に帰っても寝ることは出来ない。夜通しで、庭を見廻ったり、陳列室を覗いてみたりして警戒をせねばならなかった。
しかしこの規定は朝の五時から七時までは睡《ねむ》ってよかった。それは外にはもう日が昇って、もしものことがあっても、電鈴が少しでもひびけば、誰も眼を醒まさぬわけはないからである。
ところが、七時二十一分に、探偵の一人が陳列室の扉を開けて、例のように覗いてみると、壁布が一枚だって無かった。彼は気も遠くならんばかりに仰天した。
あまりの事に周章《うろた》えたか、これを早速大佐には告げないで、すぐに警察へ通知した。ひとまず主人に通知した上で警察へ通知したとて遅いことはない。何もそれがために警察の仕事
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