、顔ばかり出し、口には出来るだけ柔かに猿轡をはめ、乳母を手伝わして脊中《せなか》へしっかと結び付けた。
彼は窓を越えて、例の縄梯子を伝《つたわ》って庭へ下りた。外ではなかなか騒ぎを止《やめ》るどころではなく玄関をドンドンと叩いている。ルパンはこんな騒ぎの中で、ドーブレクが起きて来ないのを少からず意外に思いながら建物の角を通って、暗《やみ》に透して向うの様子を見ると、鉄門は開かれ、右手《めて》の石段の上に四五人の男が迂路々々《うろうろ》している。左手《ゆんで》の方は門番の家だ。門番の女は門口の石段の上に立って一同を取鎮《とりしず》めて居た。彼はその傍《そば》へ飛んで行って、首玉をグイと掴み上げ、
『オイ、子供は俺が連れて行くとそう云え。欲しけりゃシャートーブリヤン街へ受取りに来いってね』
街路を少し離れた処に連中の乗って来たと覚《おぼ》しい一台の自動車が待っていた。ルパンは横柄に構えて、仲間の風《ふう》を装い、その自動車に乗って、自分の邸まで走らせた。
『ねえ、ちっとも恐くはなかったろう?……さあ、おじさんの寝床へねんねさしてあげようか?』
召使のアシルは寝ていたので、ルパンは手ずから子供をおろして、やさしく頭を撫でてやった。子供は寒さにこごえていた。無理に恐怖をかくし、泣きたいのを我慢して、六《むつ》かしい顔をしているのもなかなかにいじらしい。
しかしルパンのやさしい声、その慈愛の籠った態度に安心してか、子供もだんだんと優しい無邪気な顔になって来た。しかもその顔は彼がかつて見た何者かの顔に似ている様な感じがする。……と同時に、彼は何だか形勢がたちまちここに一変して、この事件は今や根本から解決され得るような気もせられた。この時、玄関の呼鈴《ベル》が不意に消魂《けたたま》しく鳴った。ルパンはそれを聞くと、
『さあ、お母様が迎えに来たよ。じっとしておいでよ』
と云いすてて彼は走って行って戸を開けた。するとそこへ気狂《きちがい》いの様になった一人の婦人が、
『子供は? ……子供はどこに?……居ます?』と叫びながら駈け込んで来た。
『私の室に居るのだ』とルパンが云った。すると女は邸内の様子はちゃんと心得ているもののごとく、そのままルパンの室へ走って行った。
『灰色の髪の婦人だ』とルパンが呟いた。
『ドーブレクの友にして敵だ。俺の想像した通りだワイ』
彼は窓へ近づい
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