一年ぶりでふんだ。そして、すぐその足で、女良の鎮守《ちんじゅ》の社《やしろ》におまいりをした。
 島で勉強したかいがあって、いままで、ろくに手紙もかけなかった漁夫や水夫のだれかれが、りっぱな手紙を出して、両親や兄弟を、びっくりさせたり、よろこばした話もある。また、四人の青年は、翌年一月、逓信省《ていしんしょう》の船舶職員試験に、みごときゅうだいして、運転士免状をとった。これだけでも無人島生活はむだではなかったと、私はうれしい。
 その後、しばらくして十六人は、また海へ乗り出して行った。

 中川船長の、長い物語はおわった。ぼく(須川《すがわ》)は、夢からさめたように、あたりを見まわした。物語のなかに、すっかりとけこんでいたので、よいやみせまる女良の鎮守の森の、大枝さしかわすすぎの大木の根もとに、あぐらをくんでいるのだと思っていたが、この大木は、練習船|琴《こと》ノ緒《お》丸《まる》帆柱で、頭上にさしかわす大枝は、大きな帆桁《ほげた》であった。
 見あげる帆桁の間からは、銀河があおがれた。夜もふけて、何もかも夜露にぬれ、帽子からぽたりと落ちた露といっしょに、なみだがぼくの頬を流れていた。



底本:「無人島に生きる十六人」新潮文庫、新潮社
   2003(平成15)年7月1日発行
   2003(平成15)年10月15日4刷
入力:kompass
校正:松永正敏
2004年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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