れた。それは、これから先、衣服はなくてはならぬものであるし、また、珊瑚礁《さんごしょう》を洗う荒波を渡るとき、波にころがされても、けがをしないためであった。
「伝馬船おろせ」
 待ちかまえていた号令をきくと、一同は、今さらのように緊張した。全員が命とたのむのは、ただこの伝馬船だ。どんなことがあっても、安全におろさなくてはならない。もし、伝馬船が波にとられたら、もう十六人は、一人も助かるみこみはないものだと、だれもがかくごをしていた。まったくの真剣、命がけの仕事だ。伝馬船をおろす作業は、十六人の命が、助かるか、助からないかの大仕事であった。
 たえずおそってくる、大波のあいまを見きわめて、ほんの瞬間、「それっ」と気合をかけておろすのだ。まんいちにも調子がわるく、いじのわるい大波が、どっと伝馬船をもちあげて、ごつうん、と本船の舷側《げんそく》にたたきつけたら、伝馬船は、たちまち、ばらばらにくだけてしまうだろう。また、ざぶり、一のみに海の中へのみこんだら、それっきりである。

 そこでまず、この大波をしずめるために、油を流すことにした。
 大しけのときなど、よく船から油を流す。それは、油が海
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