出ている。
 船の後部に立っている、三木めの帆柱のねもとの、上甲板に、折椅子《おりいす》に腰かけた中川教官が、その前に、白い作業服をきて、甲板にあぐらを組んで、いっしんこめて聞きいる私たちに、東北なまりで熱心に話されたすがたが、いまでも目にうかぶ。
 中川教官は、丈《たけ》は高くはないが、がっちりしたからだつき、日やけした顔。鼻下《びか》のまっ黒い太い八文字のひげは、まるで帆桁のように、いきおいよく左右にはりだしている。らんらんたる眼光。ときどき見えるまっ白い歯なみ。
 いかめしい中に、あたたかい心があふれ出ていて、はなはだ失礼なたとえだが、かくばった顔の偉大なオットセイが、ゆうぜんと、岩に腰かけているのを思わせる。
 そういえば、ねずみ色になった白の作業服で、甲板にあぐらを組み、息をつめて聞きいる、私たち三人の学生は、小さなアザラシのように見えたであろう。
 中川教官は、青年時代、アメリカ捕鯨帆船《ほげいはんせん》に乗り組んで、鯨《くじら》を追い、帰朝後、ラッコ船の船長となって、北方の海に、オットセイやラッコをとり、それから、報効義会《ほうこうぎかい》の小帆船、龍睡丸《りゅうすいまる
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