ひどい目にあうことが多かった。
そこで龍睡丸《りゅうすいまる》では、このおそろしい脚気を予防するため、全員、麦飯をたべることを約束した。
麦飯はまずい。しかし、国家のため、遠く黒潮に乗りだして行くのだ。麦飯は、からだを強くする薬と思ってたべよう。
この意気ごみで、米と麦と、半々の飯をたべた。
その他の糧食《りょうしょく》も、ぜいたくなものは、海の勇士にはふむきである。安くて、栄養が多くて、ながい月日、熱帯の航海にもたくわえられるものを、苦心してえらび、糧食庫につみこんだ。
それから、思いきって実行したのは、
「けっして酒を飲みません」
と、全員がかたくちかったことであった。
お医者にたのんで、全員の健康診断をしてから、種痘《しゅとう》をしてもらった。船でお医者のかわりをするのは、船長の私だ。そこで、船で必要な薬品や、医療器具を、じゅうぶんにそなえつけた。
海にうかぶ船の上では、命のつぎにかぞえられるのが、飲料水である。わるい飲み水は、病気のもとにもなる。
それで、大小二個の清水《せいすい》タンクを造って、よい飲料水を、横須賀《よこすか》の海軍専用の水道から、分けてもらうことにした。
衣服は、そまつなものでいいから、たくさんに用意させて、いつも、いちばんわるいものを着るようにさせた。
寝具には、とくべつに注意して、全員毛布を用いることにした。これは、ふつう、ふとんを用いている漁船としては、めずらしいことで、衛生上の大改善であったのだ。
この航海の目的は、漁業調査である。漁具の用意に力をいれたことは、いうまでもない。
ふかつり道具と、ふかの油をしぼる道具を取りそろえた。ふかのつり針、つり糸、えさは、じっさいに研究しなければならないので、日本の沿岸で使うもの、小笠原島方面で使うもの、外国で使うものを、ひきくらべて研究するため、各国のものを集めた。
海がめをとらえる道具も、小笠原島方面と、南洋原住民の使うものとを用意し、また、かめの油をしぼる釜《かま》もそなえた。
鯨をとってやろうと、大きなまっこう鯨をめあてにして、捕鯨用具を一とおりそろえた。鯨を見つけたら、伝馬船《てんません》と漁船で、鯨に突進して、銛《もり》、手槍《てやり》、爆裂弾《ばくれつだん》をつけた銛を、鯨にうちこんで、鯨と白兵戦をやって、しとめるのである。
船長の私は、鯨とりの経験がある。帰化人たちは、鯨とりの子孫だ。この人たちは、どうか大鯨に出あいますように、といいながら、銛の手入れをいつもしていた。
大西風
すっかり用意ができて、明治三十一年十二月二十八日、東京の大川口を出帆して、翌日、横須賀軍港に入港。海軍の水道から、いのちの水をもらって、大小の水タンクをいっぱいにしてから、いよいよ、元気に帆をまきあげて、太平洋へ乗りだした。
元旦《がんたん》の初日の出を、伊豆《いず》近海におがみ、青空に神々《こうごう》しくそびえる富士山を、見かえり見かえり、希望にもえる十六人をのせた龍睡丸《りゅうすいまる》は、追手《おいて》の風を帆にうけて、南へ南へと進んで行った。
一日一日と航海をつづけて、一月十七日には、目的の、新鳥島《しんとりしま》付近にきていた。
この日の朝は、濛気《もうき》が四方に立ちこめて、水平線ははっきり見えなかったが、海鳥は船のまわりを飛びかわし、その数は、だんだん多くなってきた。八時ごろになると、海水が、いままで、ききょう色の黒潮であったものが、急に緑白色にかわった。島が近くなったにちがいない。海の深さをはかってみると、十七|尋《ひろ》(三十一メートル)。海底は、珊瑚質《さんごしつ》であることがわかった。
「島」
見張当番が、大声でさけんで、右手を、力いっぱいのばして、指さしている。
うすい牛乳のような濛気を通して、うす墨でかいた、岩のようなものが、ちらっと見えたと思ったら、もう何も見えない。
私は、濛気が晴れるまで、錨《いかり》を入れて、碇泊《ていはく》する決心をし、小錨《しょうびょう》に太い索《つな》をつけて投げ入れた。
ところが、海底は珊瑚質の岩で、錨の爪《つめ》がすべって船はとまらない。錨をがりがり引きずって、船は潮に流される。そこで、小錨を引きあげて、この索にもう一つ、小錨より大きな中錨をつけて、二ついっしょに投げこむと、二つの錨は海底をよく掻《か》いて、船は止った。
「さあ。ふかつりだ」
船が碇泊すると、すぐにふかつりをはじめた。
すると突然、つよく西風が吹きだした。びゅうびゅうと、帆柱や索具《さくぐ》にふきつけて、海面には白波がたちさわぎ、船体は、大西風に強くふかれて、錨索《いかりづな》がぴいんと張りきると、
ぷつり。
ぶきみな音がして、太い錨索は切れてしまった。すぐに、左舷《さげ
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