立ちあがったのだ。それは、明治三十一年の秋であった。
私は、また、こんなことも考えていた。
日本の南東の端にある、新鳥島(この島は、北緯二十五度、東経百五十三度にあったのだが、火山島であるから、たぶん、噴火か何かで海底にしずんだのだろうといわれている)の近くに、グランパス島という島がある。これは昔、海賊《かいぞく》の基地であって、そんな島は、ないという捕鯨船の船長もあるし、いや、あるという船長もあって、めったに船の行かないところであるが、この方面の海に注目している人々の間には、問題となっていた島である。
ともかくも、この島を見つけたら、日本のためにたいへんいいことになる。そればかりか、海賊の秘密の基地であるから、運がよければ、かれらが、うずめてかくしておいた宝物《たからもの》を、発見できるかもしれない。
この海賊島を発見したら、私はここを基地として、島も、まわりの海も、思うぞんぶん調査しよう。そうして、この島に畑を作って、新しい野菜をとり、昔から帆船航海者が苦しめられた、野菜の不足からおこる、おそろしい壊血病を、予防しよう。こう考えて、野菜の種を、たくさんに用意した。
それからもう一つ、南の海には、龍涎香《りゅうぜんこう》といって、大きなくらげのようなかたまりが、海にういているのを拾うことがある。また、無人島の海岸に打ちあげられているのを、発見することもあるのだ。
これは、まっこう鯨の体内から出るもので、香水の原料となる。それが、たいへん高価なもので、品質によっては、一グラムの価《あたい》が、金一グラムにひとしいものもある。そして、百キログラムぐらいの大きなかたまりもあった。
こんなのを、二つ三つ拾えるかもしれない、と、こんなことも考えていた。じっさい、昔から、大きなかたまりをひろった話は、すくなくないのだ。
探検船の準備
船が、大洋に乗りだしたら、何ヵ月も陸地につかず、また、どんな大しけ[#「しけ」に傍点]にあっても、それにたえて行かなければならない。出船の準備は、第一に、船体を丈夫に修繕し、船具は強いものと取りかえた。
ひろい海を航海するのに、なくてはならぬ海図と、海や島や海流のことなど、くわしく説明してある海の案内書、すなわち水路誌。船の位置を計る、各種の航海用精密機械は、外国からも取りよせたり、海軍や商船学校からも借りた。六分儀《ろくぶんぎ》が三個。経線儀《けいせんぎ》(精確な時計)が二個。羅針儀《らしんぎ》も、すばらしいものをすえつけた。みな、漁船にはりっぱすぎるものばかりであった。
乗組員は、いずれも一つぶよりの海の勇士である。運転士、榊原《さかきばら》作太郎。この人は、十何年も遠洋漁業に力をつくしていて、船長をしたり、運転士をしたり、またある時は、水夫長もしたことのある、めずらしい経験家である。そのうえ、品行の正しい、りっぱな人格者。まったく、たよりになる参謀であった。
漁業長の鈴木孝吉郎。この人は、伊豆《いず》七島から、小笠原《おがさわら》諸島にかけて、漁業には深い経験のある漁夫出身者で、いくどか難船したこともあり、いつも新しいことを工夫する、遠洋漁業調査には、なくてはならぬ、第一線の部隊長であった。
それから、実地の経験からきたえあげた、人なみはずれた腕まえを持ちながら、温厚な水夫長。
このほか、報効義会《ほうこうぎかい》の会員四名。この人たちは、占守《しゅむしゅ》島に何年か冬ごもりをして、多くの艱難辛苦《かんなんしんく》をなめて、漁業には、りっぱな体験をもった人々。
二名の練習生は、水産講習所出身で、これから、海上の実習と研究とをつんで、将来は、水産日本に大きな働きをみせようとこころざす、けなげな青年。
小笠原島の帰化人が三名。この人たちは、昔のアメリカ捕鯨船員の血をうけていて、無人島小笠原が、外国捕鯨船の基地となってから、上陸して住んでいたが、明治八年に、小笠原島が日本の領土となった後も、日本をしたって、心から日本人となった、生まれながらの海の男。
このほかに、水夫と漁夫が三人。この十五人の人たちは、真心をつくして、私の手足となって働いてくれた。
船には、お医者が乗っていないのがふつうであった。それで、遠洋航海の帆船には、ときどき恐しいことがあった。
日の出丸という、オットセイ猟船は、船員が、一人残らず天然痘《てんねんとう》にかかって、全滅というときに、運よくも海岸に流れついて助かった。
また、松坂丸という、南洋賢易の帆船は、乗組員が、みんな脚気《かっけ》になって、動けなくなり、やっと三人だけが、どうやら甲板をはいまわって働き、小笠原島へ流れついた。これににた船の話は、たくさんにある。
日本の船の人は、白米のご飯をたべるから、脚気になって、海のまん中で、
前へ
次へ
全53ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
須川 邦彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング