流木をわるにしても、斧《おの》がないので、ジャック・ナイフで板をけずって、何本も楔《くさび》をこしらえて、それを流木の干割《ひわり》にうちこんだ。すると、正目のよく通ったアメリカ松は、気もちよくわれた。
こうして、たきぎができて、蒸溜水は、よいあんばいに、ぽたりぽたり、おわんに落ちるが、半分もたまるのを待っていられない。井戸ほりが待ちかねて、ほんのわずかのうちに、すってしまう。なかなか、ほかの者が飲むことはできない。
しかし、井戸ほりは、この水で勇気がでて、ほりつづけ、探さ四メートルちかくの井戸をほった。
ところが、出た水は、牛乳のようにまっ白で、塩からくて、とても飲めない。
「だめだ」
だめだといっても、たきぎは、流木二本きりだ。蒸溜水をつくるには、たくさんのたきぎがいる。そのうえ、たきぎは、蒸溜水つくりばかりには、使えないのだ。飯もたかなければならず、おかずの煮焼《にや》きもしなければならない。小さな板きれでも、貴重品だ。
この島に、何年住むかわからないのだ。なんでもかんでも、井戸をほらねばならぬ。
飲める水が出るまでは、島中、蜂《はち》の巣のようにあなをあけても、井戸をほろう。しんけんである。十六人の、命にかかわる井戸だ。
「がんばろう」
ひじょうな決心で、第二の井戸をほりはじめた。ぽたりぽたり、おわんに落ちる蒸溜水を、なめながら。
こんどは、深さ二メートルあまりの井戸ができた。だが、この水も飲めない。まっ白くて、塩からい。井戸ほり組は、へとへとになってしまった。
そこへ、三角筏《いかだ》を引っばって、伝馬船が、ぶじに帰ってきた。
「ごくろうだった。つかれているだろうが、さっそく、井戸ほり組と交代してくれ」
伝馬船からあがった人たちは、すぐ、井戸をほりはじめた。日がくれるまでに、また、二メートルちかくの井戸がほれた。前の二つよりは、塩けの少ない水が出た。だが、いくらがまんしても飲み水ではない。
一方、今夜ねる家は、見るまにできあがった。三角筏をほぐした、小さな木材を柱とし、大きな帆を屋根にはり、また、風よけにした。りっぱな天幕《テント》ができた。倉庫の天幕には、伝馬船と、筏から陸あげした食糧、その他の荷物をいれた。
暗くなってから、一同は、天幕にあつまった。料理当番が、島にいた正覚坊の、潮煮と焼肉を出した。水がなくて、飯はたけないのだ。朝、昼、なにもたべずに、働きどおしの空腹には、「うまい」といっているひまもなく、平げてしまった。おわんに三分の一ぐらいずつ蒸溜水を飲んだあとは、急に眠くなってきた。
「あかりもないし、みんなつかれているから、今夜はゆっくりねて、あすの朝、いろいろ相談しょう。おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
一同を、天幕のなかにねかした。はだかでくらすのを、島の規則としたのだ。ねるのに、ねまきを着たり、毛布にくるまるようなことはしない。砂の上に、ごろり横になったら、もう、いびきをかいているのだ。去年の暮に日本を出てから、はじめて、動かぬ大地にねるのだ。しかも、太平洋のまんなかの、けし粒のような、無人島の砂にねようと、だれが思ったであろう。
天幕のそとの、暗やみのなかで、私は、榊原運転士、鈴木漁業長、井上水夫長の三人と、小声で、井戸の相談をした。
「この島では、よい清水《せいすい》は出まい。しかし、どうにかして、飲めるくらいの水がほしい。榊原君の意見はどうか」
私がいうと、運転士は、しばらく考えていたが、
「井戸が深いと、よい水の出ないことは、三つの井戸で、わかりました。つまり、海面とすれすれになるから、塩水が出るのでしょう。浅い方が、いいのではありませんか」
すると、漁業長が思いだしたように、
「私は、ずっと前に、水にこまって島にあがったとき、木の根のちかくをほったら、水が出たことがありました。草の根にちかいところに、わりあいいい水があるのではないでしょうか。井戸ほり組の水夫長、君はどう思う」
水夫長も、なるほどという顔で、
「今日の三つの井戸は、だめで、めんぼくありません。あしたは、浅い井戸をいくつかほってみたら、いい水が出ると思います。水は、はじめ白いが、ほっておくと、きれいにすみます」
そこで、私はいった。
「そうだ。井戸の深さと草のしげりかたは、たしかに、水と関係がある。草の根は、真水をすいあげているのだから、草の根にちかい、浅い井戸がいいのだろう。また、雨が降って、雨水が流れてあつまるようなところも、いいにちがいない。それから、ここは珊瑚礁だから、石灰分《せっかいぶん》が多くて、はじめは白い水だが、しまいにはすむのだ。水夫長は、あした、また井戸をほってくれ。こう話がきまったら安心した。さあねよう」
「おやすみ」
「おやすみ」
はだかの十六人は、絶海《ぜ
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