事は山ほどある。時間がおしい。
「総員集合」
集まった十五人の前に、私は立った。
「この島に、住むことにきめた。ただいまから、総員作業をはじめる。
榊原《さかきばら》運転士は、櫓《ろ》の達者な者四人をつれて、ごくろうだが、伝馬船《てんません》で、岩まで引き返して、三角|筏《いかだ》に荷物をつみ、ここへひいてきてくれ。
井上水夫長は、うでっぷしの強い四人と、井戸ほりにかかってくれ。
鈴木漁業長は、四人をつれて、大いそぎで、島を一めぐりして、なんでも役にたつものを見てきてくれ。それがすんだら、蒸溜水《じょうりゅうすい》の製造にかかってくれ。
総員は、作業につくまえ、今すぐに、はだかになれ。ここでは、はだかでくらすことにする。着物は、いま着ているもののほかに、なに一つ着がえはない。何年かかるかわからない島の生活には、着物はたいせつだ。冬のことも、考えなければならない。はだかでくらせる間は、はだかでいよう。みんな、ぬいだものは、仕事にかかるまえに、ひろげて、ほしておけ。たいせつにしまっておこう」
全員は、すぐに、服をぬいではだかになった。
「服は、もう半分かわいている」
「ああ、さっぱりした」
手足を、さかんに動かしている者もある。はだかになって胴じめをとったら、急に、おなかがすいた感じが、ぐっとくる。そのはずだ、朝飯をたべていない。昼飯は、くだもののかんづめの、一なめであった。だが、飯の支度のしようもない。道具も、米も、水もない。だいいち、時間がおしい。一同は、すき腹のまま、いきおいよく仕事にかかった。
伝馬船組は、櫓櫂《ろかい》をそろえて、元気よく出発した。
「行ってくるよ。所帯道具と食糧は、みんな持ってくる。井戸をたのむぞ」
井戸ほり組は、それに答えて、
「じゃあ、たのむよ。いい井戸をほって、つめたい水を、どくどく、飲ましてやるぞ」
命の水
島のいちばん高いところに近く、きれいな砂地に、よいしょ、といきおいよく、最初のつるはしをうちこんだ。シャベルで、砂をすくいあげた。しかし、井戸ほりは、まったくの大仕事である。珊瑚質《さんごしつ》のかたい地面を、ごつん、ごつん、とほりさげ、シャベルで砂をすくって、ほうりあげるのだが、大男は、はだかの全身、水をあびたような汗。のどがかわいて、口のなかが、からからになって、声も出ない。水だ、水だと、水をほしがるのである。その水を出そうとして、いまほっているのだ。井戸ほりが、いちばん先に、まいってしまいそうだ。
「元気を出せ。十六人の命の水だ。今じきに、蒸溜水を飲ませるから」
こんな場合、百千のことばではげますよりも、一さじの蒸溜水の方が、どんなにききめがあるか、よくわかっている。早く蒸潜水を、ごくごく飲ませてやりたい。しかし、蒸溜水は、そう、たやすくはできない。
島を、大いそぎで一まわりしてきた、漁業長と小笠原《おがさわら》ら、斥候《せっこう》の報告は、
「島の面積は、四千坪(約百三十二アール)ぐらいです。北の方に、一町(約百十メートル)も砂浜つづきの、小さな出島があります。出島は、三百坪(約十アール)もありましょうか。そこには、ヘヤシール(小型のアザラシ)が、三十頭ぐらい、ごろごろしていました。おどろかさないように、そばへは行きませんでした。
流木が、二本あります。二十年ぐらいも前に難破した船の、マストらしい、アメリカ松で、縦に、たくさん干割《ひわれ》があります。正覚坊の大きいのが四頭、これは、あおむけにしてきました。ほかに、何もありません」
「ごくろう。大いそぎで、蒸溜水つくりにかかってくれ、飲む水がないと、井戸がほれない」
蒸溜水製造は、小笠原が受け持った。
まず、そのへんの珊瑚のかたまりと砂で、かまどをこしらえた。
このかまどで、海水をにたてて、塩けのない真水をとるのだが、蒸溜水製造器は、石油|缶《かん》を三つかさねたものだ。
いちばん下の缶には海水をいれ、缶の上の方を切りひらいてある。
中の缶はからで、そこにあながあけてある。
いちばん上の缶には、海水をいっぱい入れてある。
これをかまどにかけて、下から火をたくと、いちばん下の石油缶の海水がにえたって、二階の空缶に水蒸気がたまる。その水蒸気は、三階の、海水いりの缶でひやされて、水になり、ぽたぽた落ちて、二階の缶にたまる。
二階の缶は少しかたむけてあるので、たまった水は、水蒸気の通るあなから下の缶には落ちないで、ほうきのえでつくった、くだから外へ流れだす。それを、おわんで受けるのであった。
蒸溜水は、たきぎがなければできない。伝馬船《てんません》で持ってきた木ぎれも、そんなにたくさんはない。そこで、斥候が見つけておいた、二本の太い流木をかついできて、たきぎにこしらえることにした。
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