して、冬の食糧にたくわえる工夫もして、いつまでも無人島に住める用意をした。
われらの友アザラシ
アザラシと、いちばんはじめに友だちになったのは、国後《くなしり》と範多《はんた》であった。そして、やがてどのアザラシも、人間となかよしになった。いっしょにおよいだり、投げてやる木ぎれを口で受けとめたり、頭をなでてやると、ひれのようになった前足で、かるく人をたたいたり、また、われわれがアザラシ半島に近づくと、ほえてむかえにきたりした。
二十五頭のアザラシは、いつでも、アザラシ半島に、ごろごろしてはいないのだ。われらがアザラシをたずねても、一頭もいないことがある。そのときかれらは、自然の大食堂、海へ、魚をたべに行っているのだ。およぎの達者なこの海獣は、五、六頭ずついっしょに、島近くの海をおよいだり、もぐったりして、魚をたくみに口でとらえて、腹いっぱいたべると、島へあがって、ごろごろして眠っているのだ。
そして、眠るときは、きっと一頭だけが、見はり番に起きていて、われらが近づくと、すぐになかまを起してしまう。また、五月のはじめに生まれたらしい、かわいらしい子どもアザラシが、五頭もいた。母親がこれに、およぎかたや魚のとりかたを、教えていることもあった。
アザラシが島にいないときは、大きな声で、
「ほうい、ほい、ほい、アザラシやあい」
と、海にむかってさけぶと、この声をききつけて、沖の方から、海面を走る魚形水雷のように、白波を起して、われこそ一着と競泳しながら、何頭も島に帰ってくる。
そして、私たちが立っているなぎさにはいあがると、頭を、ぶるぶるっと、はげしく左右にふって、毛についた水のしずくをはらいおとし、それから、右と左の前足をかわるがわるふみかえて前へ出し、両方の前足が前へ出たとき、後足をあげて前へ引きよせる、おもしろい歩きかたをして近より、ふうふういって、頭をこすりつけるのである。
「おお、おお、よくきた、よくきた、どうだ魚をうんと食ったか」
こういって、右手で頭をさすってやると、ほかのアザラシは、私が左手に持っている木ぎれをくわえて引っぱる。
うしろにまわった二、三頭は、頭でぐんぐんおして、
「さあ、人間のおじさん、いっしょにおよいで遊ぼうよう」
というような、そぶりをするのだ。
そこで、立ちあがって、
「そうれ」
といって、手に持った木ぎれを、力いっぱい、できるだけ遠く海へ投げると、アザラシどもは、たちまち海へとびこんで、しぶきをあげて、木ぎれに突進する。木ぎれをくわえ取ったアザラシは、とくいそうに、頭を高く水から出して、岸にむかっておよぎ帰る。ほかのアザラシは、はずかしそうに海面すれすれに、顔半ぶんを出して、そのあとにつづくのである。こんなに、われらと野生のアザラシとはなかよしになっていた。
ところが、二十五頭のアザラシ群のなかに、ただ一頭、いつも、ひときわいばって頭をもたげ、りっぱなひげをぴんとさせ、胸をそらしている、雄アザラシがあった。
このアザラシは、けっして人間をあいてにしなかった。
お友だちにならなかった。
国後や範多のような、アザラシならしの名人さえ近づけなかった。
投げてやった魚は、横をむいて、たべようともしない。
そして、
「なんだ、人間くさい魚。へん。おいらの食堂は太平洋だよ」
と、いわぬばかりに、海にはいるとすぐに、大きな魚をつかまえて、口にくわえ、水から頭を高く出して、人間に魚を見せびらかすように、たべるのであった。
そして、ほかのアザラシとよくけんかをして、きっと勝つのだ。
この強いアザラシの頭には、かみつかれた大傷のはげがあって、いっそうかれをあらあらしく強そうに見せていた。
このアザラシが、どうしたことか、いつのまにか元気な大男の川口に、すっかりなついてしまった。
川口のやる魚なら、手のひらの上でたべた。川口がなでてやると、喜んで大きなひれのような前足で、川口をばたばたたたいた。川口が、どんなに喜んだかは、はたで見る者が、ほほえまれるほどであった。
かれは、国後にさえなつかなかった、この勇ましい、そして強情なアザラシに、「むこう傷の鼻じろ」という名まえをつけた。それは、頭に大傷のあるこのアザラシは、鼻の上に一ヵ所、一かたまりの白い毛が生えている、めずらしいアザラシであったからだ。
「鼻じろ」は、川口のじまんのもので、まるで、弟のようにかわいがっていた。かれは、ときどき料理当番にたのんで、じぶんのたべる魚の半ぶんを、料理せずに、生のまま残しておいてもらって、「鼻じろ」にたべさせていた。
ある日、夕食後のすもうで、川口が五人ぬきに勝って、みんなから拍手されたとき、「いや、『鼻じろ』にはかなわない。あいつは、二十四頭ぬきだ。アザラシの横網だよ」
と
前へ
次へ
全53ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
須川 邦彦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング