も、たべほうだいである。しかし、たべすぎて、からだをわるくしないように、水もやたらに飲むくせをつけないように、また、運動をよくして、からだを強くすることなど、こまかいところまでも注意した。
 われらの領土の宝島には、つる草が生えていた。宝島の当番が、このつる草に、ブドウににた小さな実がたくさんなっているのを発見して、その実を、本部島に送ってよこした。
 見たところ、むらさき色で、光るようなつやがあって、なんとなくどくどくしい感じもあるが、うまそうである。みんなひたいをあつめて、しらべてみたが、だれも何という草の実か、知っている者がない。
「アメリカには、こんな実があるだろう」
 運転士が、小笠原《おがさわら》老人にきくと、
「ここにいる三人は、小笠原島生まれで、アメリカを知りませんよ」
「なるほど、そうだった――」
 と、大笑い。
 ともかくも、うっかりはたべられない。せっかくいままで、艱難辛苦《かんなんしんく》をきりぬけてきたものを、また、これからさきも、命のあるかぎり、働こうというのに、名も知らぬ島の野生の草の実で、命をなくしたり、病気になっては、たまらない。私は、
「毒でないことが、はっきりするまで、たべてはいけない」
 と、いっておいた。
 ところがある日、宝島当番の者が、鳥のふんのなかに、この草の実の種を発見した。これは、まったく大発見であった。つぎの便船で、宝島から、流木やかめといっしょに、種入りの鳥のふんと、草の実とをたくさんに本部島へ持ってきた。
「どうでしょう、鳥がたべるのですから、人間もたべられると思いますが」
 鳥のふんのなかの種をしようこに、たべてもだいじょうぶという者があると、
「動物といっても、鳥と人間とは、たいへんなちがいだから」
 といって、不安に思う者もあった。
 いちばんねっしんに、たべてもだいじょうぶというのは、動物ずきの漁夫の国後《くなしり》である。かれはこういった。
「宝島の草ブドウは、たべてもだいじょうぶと思います。まず私が、みんなのために、たべてみたいのです。五粒か六粒、ためしにたべるのですから、まんいち、毒にあたっても、たいしたことはありません。それに鳥やけだものは、しぜんに身をまもることを、よく知っています。毒なものはたべません。鳥の試験でじゅうぶんです。この草ブドウは、十六人にとっては、なくてはならない食物と思いますから……」
 けなげなかれの気もちは、よくわかる。しかし、もっとたしかめたうえでないと、私は、たべてもいいとはゆるせない。
「とにかく、もうすこし待て」
 と、いっておいた。
 翌日、国後と範多《はんた》の二人が、
「鳥は、毒をよく知っています。人間がたべてもだいじょうぶです、ねんのため、つりたての魚の腹に、この実を入れてアザラシにたべさせてみましょうか」
 と、いってきた。
 この二人が、じぶんたちのきょうだいのように思っているアザラシで、動物試験をしようというのは、たべてもだいじょうぶと、たしかに信じているからだ。
 一方ではべつに、運転士と漁業長とが、実をつぶして、カニの口にぬってみたり、かめの口に入れてみたりして、ともかくも、鳥いがいの動物試験をしていた。
 種入りの鳥のふんが本部島についてから、三日めの朝、範多が、運転士の前にたって、頭をかきながら白状した。
「私はゆうべ、ねるまえに、草ブドウを十粒ほど、ないしょでたべましたが、とてもおいしくて、そのうえよく眠れました。けさは、このとおり元気ですし、腹ぐあいもたいへんいいのです。もう草ブドウはたべてもだいじょうぶです」
 かれはとうとう、みんなのためにたべたのだ。人間の試験は、こうしてすんだ。それから、みんながこの実をたべはじめた。
 うまい。何しろ野菜といったら、島ワサビだけであった。そこへ、草ブドウが発見されたのだ。こんなおいしい草の実は、生まれてはじめてたべるとみんながいった。草ブドウをたべだしてから十六人は、急にふとってきた。ひどい下痢をしてから、ひきつづいてよわっていた、漁夫の小川と杉田も急に元気になって、力仕事もいくらかはできるようになった。
 こうして、草ブドウは、宝島から本部島へ送り出す、重要輸出品となった。つみたての、むらさき色の小さなブドウににた草の実は、飲料水タンクである石油|缶《かん》の、からになったのにつめられてかめと流木と塩といっしょに、本部島へ、便船ごとに運ばれてきた。
 この小さなつる草の実、われわれが、草ブドウと名をつけた実は、島ワサビのほかに、植物性食物のない十六人にとって、じつにたいせつな食糧となった。そこで、本部島にこの種をまき、また宝島からつる草をそのまま、根をていねいにほり出して、本部島にうつし植えて、栽培につとめた。それからまた、ほしブドウのように、実をかわか
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