がるのである。その水を出そうとして、いまほっているのだ。井戸ほりが、いちばん先に、まいってしまいそうだ。
「元気を出せ。十六人の命の水だ。今じきに、蒸溜水を飲ませるから」
 こんな場合、百千のことばではげますよりも、一さじの蒸溜水の方が、どんなにききめがあるか、よくわかっている。早く蒸潜水を、ごくごく飲ませてやりたい。しかし、蒸溜水は、そう、たやすくはできない。

 島を、大いそぎで一まわりしてきた、漁業長と小笠原《おがさわら》ら、斥候《せっこう》の報告は、
「島の面積は、四千坪(約百三十二アール)ぐらいです。北の方に、一町(約百十メートル)も砂浜つづきの、小さな出島があります。出島は、三百坪(約十アール)もありましょうか。そこには、ヘヤシール(小型のアザラシ)が、三十頭ぐらい、ごろごろしていました。おどろかさないように、そばへは行きませんでした。
 流木が、二本あります。二十年ぐらいも前に難破した船の、マストらしい、アメリカ松で、縦に、たくさん干割《ひわれ》があります。正覚坊の大きいのが四頭、これは、あおむけにしてきました。ほかに、何もありません」
「ごくろう。大いそぎで、蒸溜水つくりにかかってくれ、飲む水がないと、井戸がほれない」
 蒸溜水製造は、小笠原が受け持った。

 まず、そのへんの珊瑚のかたまりと砂で、かまどをこしらえた。
 このかまどで、海水をにたてて、塩けのない真水をとるのだが、蒸溜水製造器は、石油|缶《かん》を三つかさねたものだ。
 いちばん下の缶には海水をいれ、缶の上の方を切りひらいてある。
 中の缶はからで、そこにあながあけてある。
いちばん上の缶には、海水をいっぱい入れてある。
 これをかまどにかけて、下から火をたくと、いちばん下の石油缶の海水がにえたって、二階の空缶に水蒸気がたまる。その水蒸気は、三階の、海水いりの缶でひやされて、水になり、ぽたぽた落ちて、二階の缶にたまる。
 二階の缶は少しかたむけてあるので、たまった水は、水蒸気の通るあなから下の缶には落ちないで、ほうきのえでつくった、くだから外へ流れだす。それを、おわんで受けるのであった。

 蒸溜水は、たきぎがなければできない。伝馬船《てんません》で持ってきた木ぎれも、そんなにたくさんはない。そこで、斥候が見つけておいた、二本の太い流木をかついできて、たきぎにこしらえることにした。
 
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