組員も、そう思ったにちがいない。だれも、ひとこともいわない。ずぶぬれになって、青い顔をしていた。
 このまま、龍睡丸は、伝馬船と同じ運命になって、ここで死ぬのか。みんなは、おどりくるう白波を見つめて、だまっていた。
 一秒、二秒、三秒。
「おっ」
「あっ」
「やっ」
 とつぜん、二、三人が、おどろきの声をたてた。岩の方を指さし、口をもぐもぐさせている者もある。見れば、向こうの波の上に、一、二メートル頭を出している、ひらたい岩のねもとに、伝馬船が底を上にして流れついているではないか。
 やっ。黒い頭が二つ、白い波のなかにうきだした。
 しめたっ。二人は、岩の上へ、はいあがって行く。
 ごうごうと鳴りひびく波の音で、どんな大声でも、百メートルもはなれていては、聞えはしないが、手まねと身ぶりで、二人ともぶじだ、伝馬船も大じょうぶだ、と、知らせているではないか。
「ばんざあい」
 思わずほとばしる、よろこびのさけび。
「ああ、よかった――」
 みんなは、ほっとして、顔を見合わせた。

   波の上の綱渡り

 これで、伝馬船《てんません》では、上陸できないことがわかった。
 そこで、まるい救命|浮環《うきわ》に、細い長い索《つな》をつけて流してみると、岩の方へ流れる潮と波とに送られて、すぐに岩に流れついた。
 岩の上の二人は、浮環をひろった。これで、岩と船との間に、細長い索がはられた。
 船では、すぐに、マニラ麻《あさ》でできた太い索を、この細い索にむすんで、ずんずんのばして、岩の上でたぐってもらった。
 こうしてこんどは、船と岩との間に、じょうぶな、マニラ索がつながった。そして、マニラ索のはしを、しっかりと岩にしばりつけてもらうと、船では、たるんでいる索を、えんさ、えんさ、と引っぱり、索をぴんとはって、しっかりと船に止めた。
 この太いマニラ索を、索の道――索道《さくどう》にしようとするのである。これが、岩にあがるための、命のつなになるのだ。
 つぎには、この索道に、一本のじょうぶな索をまわして、輪をつくった。これに、
 人がぶらさがるのだ。そしてこの輪に、別の長い索のまんなかをむすびつけて、その一方のはしを、岩の上に送った。そして他のはしは、船に止めておいた。
 岩と船との間には、こうして、二本の索が渡された。一本は、両方のはしが、しっかりしばってある索道で、もう一本は
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