ながらも、ときどき、海の深さをはかったが、測深線は海底にとどかない。潮の流れは速い。どうなることかとみんな心配していた。
 ぶきみな、不愉快な十九日は、こうしてくれてしまった。

   暗礁《あんしょう》をめがけて

 夜空には、星ひとつ見えない。ひるま、黒ずんだ藍色の海が、もりあがり、またへこんで、船を動揺させたうねりは、まっ黒い夜の海に、いっそう大きく、上下に動いて、どこへ船をおし流して行くのであろうか。
 大自然の、目に見えない縄でしばられたように、船と乗組員は、どうすることもできず、潮流の勝手にされている。うねりは、人間のよわさをあざ笑うように、船をゆすぶっている。こういうときの船長の苦心は、経験しない人には、いくら説明してもわかるまい。
 船内に、時を知らせる夜半の時鐘が、八つ、かかん、かかん、とうち鳴らされた。この八点鐘が鳴りおわって、二十日の零時となった。
 それから、一時間ぐらいたったときであった。私は、自分の部屋を出て、船尾の甲板で運転士と話していた。
「どうもこまったね。風はふきだしそうもない。ともかくも、つづけて深さをはからせてくれたまえ」
 といっていると、すぐそばで、深さをはかっていた水夫が、
「百二十尋の測深線が、とどきました」
 と、おどろいたような声で、報告した。
 これを聞いたとたんに、私は、
「総員配置につけっ」
 と、どなって、やすんでいる者を、みんな起させて、非常警戒をさせた。
 海の深さを、すぐつづいてはからせると、
「六十尋」(百九メートル)との報告があった。
 百二十尋が、たちまち六十尋と、浅くなっているのだ。これは、船が、パール・エンド・ハーミーズ礁《しょう》にちかづいている証拠だ。パール・エンド・ハーミーズの珊瑚礁《さんごしょう》は、きりたった岩で、深い海のそこから、屏風《びょうぶ》のように岩がつき立って、海面には、その頭を、ほんの少し出しているのだから、岩から半カイリぐらいのところでも、六十尋の深さはあるのだ。
 船が、パール・エンド・ハーミーズの暗礁におし流されて行くことは、もうのがれられないことになった。もっと浅いところへ行ったら、海の底が、砂でもどろでも岩でもかまわない、錨《いかり》を入れなければならない。私は、
「投錨《とうびょう》用意」
 の号令をかけた。つづいて、
「四十尋」
「三十尋」
 と、深さをは
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