ている。漁業長と小笠原《おがさわら》老人が、かわるがわるいった。
「当番だけ起きていて、火をもやしつづければよい。あとの連中は、みんなおやすみ。いくらここで気をもんでも、どうにもならないよ。なるようになるのだ。親船に乗った気でいるというのはこういうときのことだ。安心して、さあさあ、おやすみ」
こうして、青年たちをたしなめた。
太平洋のまんなかの波にうかぶ、小さな伝馬船《てんません》には、風はすこし強すぎたが、雲の切れめにかがやく星をたよりに、波をおしわけて漕《こ》いだ。「十六人は助かったのだ」このよろこびは、人間のうでの力に人間いじょうの力をつけた。こうなっては、二本のうでは、電気じかけの機械のように、少しもつかれない。ただ漕ぎつづけた。
ま夜中の一時ごろか、水平線の一ところ、雲が、ぽっと赤いのを見つけた。島でたく大かがり火が、雲にうつっているのだ。もうだいじょうぶだ。島は見つかった。
火のうつっている赤い雲をたよりに、一晩中漕いだ。そして翌日、すなわち九月四日の夜あけに島に帰りついた。そのとき青年たちは、まだ眠っていた。かがり火当番と、見はりやぐらの当番と老年組は、なぎさに走ってきた。
「おうい、助かったぞ。みんな起きろ」
この一言で、島はまるで、蜂《はち》のすをひっくりかえしたようなさわぎになった。
われらは、ついに助けられたのだ。小さな名もない島から、おとなりの、大きなミッドウェー島へ、海上六十カイリの引っこしをするのだ。
みんな、大よろこびで、荷づくりがはじまった。めいめい研究したものを、とりまとめたり、めぼしい品物を集めたり、小屋をかたづけたり……
糧食がかりの運転士が、一同にいった。
「みんな、不自由を、よくしんぼうしてくれた。きょうは、ありったけのごちそうをするから、えんりょなく註文してくれ」
わかい者たちは、よろこんだ。
「かたい、白いめしをたいてください」
「ライスカレーを作ってください」
「パインアップル缶《かん》をあけてください」
「あまいコンデンスミルクを願います」
料理当番は、てんてこまいだ。
十六人は、島ではじめての、そしていちばんおしまいの、大ごちそうの朝飯のまえに、一同そろって、海水に身を清めてから、はるか日本の方角にむかって、心から神様をおがんだ。
それから私は、整列している一同に、いった。
「いよいよ、この
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